第61話 これまでの人生で匙を投げた3冊の本

今まで生きてきて、「こりゃダメだ。わからん」と、匙を投げた本が3冊ある。


一冊目は、『子供のための相対性理論』。


確か、小学校5年生の時だったと思う。父親が急に部屋に入ってきて、

「ほら。これ、お前おもしろいと思うんじゃないか?」

と言って、この本を渡された。


私からねだることはあっても、父親から、このように不意打ちで本を渡されたことなど、後にも先にも、この時だけだった。


『相対性理論』? 

父は何を根拠に私が興味を持つと思ったのだろう。


この後、高校の物理で8点を叩き出す娘を知らなかったとはいえ、物理にもアインシュタインにも、これっぽっちも興味を示した覚えはない。


確かに、読むものがないと、親の部屋で読めそうな本を探し出しては、勝手に読んでる子供ではあった。


お気に入りは、『家庭の医学』。


読むたびに全部自分に当てはまる気がして、怖くなるのに、性懲りもなく、暇になっては引っ張り出して眺めていた。


そんな私も、さすがに『相対性理論はちょっと......』という気持ちだった。だけど、わざわざ父親が持って来た、ということの物珍しさで、なんとなく読み始めた。


しかし、読み始めると、さすがに『子供のための』とうたっているだけあって、結構わかりやすく解説してあった。


「光よりも早いものができたら、時間が逆行する」

とかなんとかいうところまでは、なんとかついていった。


そこまでは。


そこから先は、読んでも読んでも理解できなかった。そして、とうとう放り投げた。人生で初めて、読むことを諦めた本だったから、今でも強烈に印象に残っている。


二冊目は、高校生の時、タイトルは忘れたけど、吉本隆明の本。


その頃、高校生にありがちな、「なんか小難しそうな本を読んでみたい病」に侵されていたのだと思う。ユングとかニーチェとか、そこら辺を適当に選んで読んでいた頃。


当時、友達の間では赤川次郎が流行りまくっていた。


ある日、なぜか英語の先生が、「この夏休みに読んで、印象に残った本を一人ずつあげてください」と生徒に命じた。


生徒は次々に席を立って、順繰りに作者名と、作品名を答えていく。


「赤川次郎の〇〇」

「赤川次郎のxx」

「赤川次郎の〇〇」

「赤川次郎のxx」

「星新一のxxx」

「赤川次郎の〇〇」

「赤川次郎のxx」

「赤川次郎の〇〇」


ほんと、こんな感じだった。


私の順番がやってきた。


「カフカの変身」


なんだかんだ、一番印象に残っていたから、これを挙げた。


そして、他の子達と同じくすぐさま席に座ろうとしたら、先生が、「変身? カフカの?」と、なにやら反応して、そこからカフカの『変身』について、熱く語り出してしまった。


私は座るタイミングを完全に見失っていた。


「これ、俺たち、発表しなくていいんじゃね?」

「何、〇〇(私)って、そんな難しい本読んでるの?」


クラスメイトは微妙にざわついていた。私の高校時代の最大の目標は、なるべく目立たなく過ごす、ってことだったのに。


英語の授業そっちのけで、話し続ける先生と、聞き役に、たった一人立たされてる自分に、「こんなことなら私も赤川次郎、って言っときゃよかった」と、恨めしく思いながら時間が経つのをじっと待った。


吉本隆明は、当時好きだった坂本龍一がらみで、名前を知ったと思う。


それで本を手に取ってみたけど、なんだかわかったような、わからないような感じでダラダラと読み続けてはみたものの、「やっぱ、理解できてねーわ、私」と認めた瞬間、読むことをやめてしまった。


最後の一冊は、短大の時の仏教学の教科書。


その短大は仏教系だったので、仏教学が必須課目だった。


教科書は仏教哲学系の本で、「まあ、いうても、仏教は小さい頃から身近にあったから、とっつきやすいっしょ」と思ってページをめくった。


一ミリもわからない。


というか、初っ端の三行すら理解できない。


いや、いや、いや。


そうは言っても、これまで一応「読書好き」で通ってきた私。

高校生にしては、ちょっと小難しい本もまあまあ読んできた。


心を落ち着けて、もう一度、字面を追う。


やっぱり、一行たりともわからない。


ぱたんと本を閉じ、絶望的な気持ちで授業に赴いた。


その先生は授業の第一声で、少し誇らしげに、「この本は僕が書いたんですよ」と言った。


よくみたら、担当の先生は、この教科書の著者だった。


先生は続けた。


「この本は、僕が教えている東大でも長年、教材として扱っています」


......東大生と一緒の教材。

そりゃ、わかんないはずだわ。


「東大生って賢いんだな〜」って、身をもって知った瞬間だった。


〜終わり。

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