第17話 (90年代サンフランシスコ)坂本龍一ピアノライブ:現地観客のリアクション
中学、高校、周りがジャニーズや聖子ちゃんと騒いでた頃、私は、姉の影響で、YMO(イエローマジックオーケストラ)や、矢野顕子、RCサクセションとか聴いていきがっていた。
高校を卒業し、東京に出て『推し』はどんどん変わってはいったけど、多感な時期に聴き倒した人たちの音楽は、郷愁と共にいつまでも褪せることもなく、折につけ聴き続けてきた。
そういえば1990年代後半に行ったアメリカ留学で、サンフランシスコのダウンタウンにある粋な古着屋さんで、よくサディスティックミカバンドの曲が流れてて驚いたもんだ。
そしてそんな留学中に、ある時、どこをどうしてか『坂本龍一が、ダウンタウンでコンサートをするらしい』という噂が流れてきた。
サンフランシスコで、坂本龍一?
中学、高校と九州の田舎で育った私は、YMOも、RCサクセションも、矢野アッコちゃんもコンサートに行ったことがない。
これは行かなければ!
「坂本龍一なんて名前しか知らんけど、行く」
といってくれた友達を連れて訪れた場所は、いわゆるなんとかホールとかではない、ライブハウスみたいなところだった。
私は『世界でも音楽好きの間では知られた存在』とは聞いていたけど、お客さん来るのかな?と、実は密かに思っていた。
しかし、到着してみると、予想外(?)にも、ライブハウスがあるそのエリアをぐるりと一周するほどの列がすでにできていた。
そのほとんどが現地の若者で、なんというか芸大生っぽい感じの人か、陰キャのオタクっぽい人が多かった気がする。アジア人なんて、私たちぐらいしかいない。
若干ビビりながらも、列の最後尾につけて、開場を待つ。
ライブの内容は、薄明かりの中、ステージ上にグランドピアノが一台置いてあり、龍一さんのピアノ演奏だけで構成されていた。
ライブも後半戦になった頃、曲と曲の隙間をつくように、
「Forbidden Colors(戦場のメリークリスマスの曲)やって!」
と、観客席から声が掛かった。
龍一さんは、その声に反応して、ちょっと視線を上げて少し考えている様子だった。そして一息ついた後、おもむろにその曲を弾き出した。
「ある時から、どこに行っても戦メリ、戦メリで、ちょっと嫌になってた時期がある」
みたいな記事をどこかで読んだ気がする。
その時も、あえてセットリストに載せていなかったのかもしれない。それでも、地元の若者のリクエストに急遽答えてくれたのは、遠い外国の地で足をわざわざ足を運んでくれた観客への感謝の気持ちだったのではないだろうか。
曲が終わると、それはもう熱狂的な歓声の嵐で、さすが『世界のサカモト』だった。
そして終演し、観客も少しずつ退場し始めた。
これから先、龍一さんとこんなにも近い距離にいられることはまずないだろう。
そう思った私は、連れの友達に、「ちょっとここで待ってて」と言い残して、静かにステージに近づいた。
私は背が低いので、近づいたステージはそびえ立つようにみえる。
「坂本さん、坂本さん!」
退場で観客がざわめく中、必死で声をかけた。
すると、龍一さんはそんな私に気がついて、楽譜を片付けていた手を止めて、ゆっくりと近づいてきた。
見上げる私のすぐ前で、腰をかがめる。
「私、中学生の頃からファンだったんです。握手してもらえませんか?」
すると怪訝な顔をしていたのに、すぐに少し微笑みを浮かべて、手を差し出してくれた。
その手は、想像よりも大きくって......けっこうゴツかった。
超絶幸福感に満たされて、
「ありがとうございます。ありがとうございます!」
と、何度もお辞儀をしてから、ステージに背を向けた。
そしたら、なぜか視界が塞がれて、見上げれば背の高いお兄さんが立っていた。
そのお兄さんは私には目もくれず、ステージに向かって歩き出していた。
よく見ると、お兄さんの後ろにはすでに長蛇の列ができている。
私が龍一さんと交渉をして、まんまと握手してもらっていた間に、私の背後では、我も我もと地元民が列を作っていたらしい。
なんか龍一さんも、なし崩し的に次々に握手をしている。
もう帰りかけていた人も、その様子に気がついて、踵を返してダッシュで列に滑り込む。
その様子を呆然と見ていたら、警備の人がとうとうやってきて、
「はい、ここまでの人で終わり、終わり」
と立ち塞がって、長くなり続ける列を止めた。
こんな騒ぎになるなんて。
若かったとはいえ、考えなしだったな、と今となっては思う。
しかし、人間の身体の不思議で、あれから20年以上たったけれど、いまだにあの握手の感触を覚えている。
写真だったら、私のことだから、とっくのとうに、なくしてしまっていたに違いない。
でもこの手の感触は、私の棺桶の中まで持っていける。
〜坂本龍一さんのご冥福をお祈りします〜
〜終わり
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