第12話 アメリカ・カナダの寿司屋で働いて英語以外で学べること
外国において、英語がおぼつかない日本人ができるバイトの筆頭は、和食系レストランではないだろうか。
20代の半ばでサンフランシスコ郊外の英語学校に入学し、半年くらいたってカレッジに入り直した。本当は英語学校だけで帰国するつもりだったんだけど、思いのほか楽しくて、親に頼み込んでカレッジまで行かせてもらうことになったのだ。
そこで、本当はいけないんだけど、学費や生活費の足しにするために、現地の日本食レストランでウェイトレスとして働くことにした。まあ、当時はいろいろとゆるかったから、できたことだけど。
まだ英語の勉強始めたばかりの若造にとって、お客さんがほとんどネイティブっていうその店の環境はかなり辛いものがあった。まだオーダー取るのも手書きのメモ帳の時代だったし。
それでも、メニューが、あたりまえだけど、全面的に日本食だから、例えばKaraage(唐揚げ)と書かれてて、お客さんが「からーじ」と発音しても、こっちは日本語ネイティブだからちゃんと察してあげられる。そんなアドバンテージがあったから、心折れることがあってもなんとか続けられた。
ある時、白人のお母さんと、5、6歳の女の子連れがやってきた。
オーダーは、にぎり寿司と味噌汁とごはん。寿司に、ごはん?とも思ったけど、まあ、「子供さんとシェアするんだろうな」と、特に気にはしなかった。
そして、そのレストランはアメリカ人のお客さんがほとんどだから、明らかに日本人とわかる人以外は、味噌汁→サラダ→寿司、みたいな順番で食事を提供することになっていた。
だから、まず味噌汁を持ってったら、お母さんが、「ご飯も今、お願いできます?」と言う。
それでご飯を持ってったら、例の女の子が目をキラキラと輝かせて、「これこれ!」みたいな顔になった。
そして女の子は自分の目の前に味噌汁とご飯を置くと、間髪入れずに、スプーンで味噌汁にご飯をドボン。その後、こぼさないように、上手にスプーンでご飯を味噌汁の中で馴染ませている。
それはそれは見事な『ネコまんま』。
そして、思わず見入ってしまった私に気づいたお母さんが、「行儀悪いからやめて欲しいんだけど、すっかりこれが気に入っちゃって」と、顔を赤くしながらいった。
いやいやいや。
「私も小さい頃、この食べ方が大好きでしたよ!」と答えると、お母さんは、「え? ほんと?」と、びっくりしながらも、日本人に言われたせいか、とても嬉しそうだった。
そんな大人の会話を一切気にせず、一心不乱に味噌汁ぶっかけご飯を食べている、天使のような女の子の姿が今だに忘れられない。
あの子が、「これに、これを入れたら、美味しいかも。やってみよ!」って思って、実行に移したことを褒めてあげたい。
たぶん、そうやって人類は発展してきたのだと思う。
そして、海外のレストランにおいては、メニュー以外の、いわゆる『その人のリクエストに応える』というやりとりが異常に多い。
「ゴマは好きじゃないから入れないで。そして、スパイシーソースはかけずに別の器で多めに持ってきて。それから醤油は減塩タイプで」
とか、そういうやつ。
今なら、スタバとかで、「無脂肪乳でエクストラショット、キャラメルシロップ追加で」みたいなことだろうか。
とにかくめんどくさいけど、そういう文化だから仕方がない。
これはカナダでの話なんだけど、ある日、若い女性の二人組の客が、ランチ時にもかかわらず、オーダーもしないまま、窓側のいい席でとにかくずっと喋っている。
「お決まりですか?」
「お決まりですか?」
「お決ま(以下略)」
心優しい私でも、さすがにピキピキしてきた。
その雰囲気を悟ったのか、ひとりが少し申し訳なさそうな顔をして、メニューを開き、その様子にもう一人も諦めたようにメニュー眺め始めた。
「(いくらなんでももう)お決まりですか?」
すると、最初にメニューをとった女性が、無事にランチボックスかなんかをオーダーした。次に、もう一人の方に視線を動かす。
すると、その女性はメニューから顔をあげ、おもむろに、「私、ご飯、嫌いなのよね」と言い放った。
しかも、腕を組んで「さあ、どうしてくれるのかしら?」みたいな感じで、私の返事待ちの体勢をとる。
固まる私。
さすがに連れの女性も焦った顔をしている。
「で、でしたら、刺身とか.....」「あ、そういう気分じゃないの。寿司がいいの」
意味がわからん。どうすりゃいいの。
「と、とにかく寿司シェフに聞いてみます」と言って、その場を立ち去った。
そして若干動揺しながら、寿司シェフにそのように伝えると、「あ、了解」とあっさりした返事。
何、この謎解き展開。
結局、シェフが出した案は『鉄火巻きのごはん抜き』つまり、『鉄火巻き用のマグロを海苔で巻いたもの』だった。
それってもう、普通にうまそうな『おつまみ』じゃん。
もちろんお代は鉄火巻きのままだけど、その女性客は大満足で食べて、帰っていった。
わがまま客と寿司シェフの応用力の戦いを目の当たりにした気がした。寿司レストランで働くと、語学以外もいろいろ学べるのだ。
〜終わり
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