第46話 父と女王
「妙に騒がしいな……」
「辺境伯だけではなく彼らの部下も怪我をしたのです。多少は騒がしくなってしまうのも無理はないかと……」
「すごい人ですぅ……ちょっと怖いですぅ……」
ヒルダ姉さんとナタリアさんと共に戻った俺は兵士たちを回収してそのまま屋敷へと戻ってきていた。
いつもは落ち着いているのだが、あちこちで使用人が兵士の治療をしているようで人の行き来が激しい。
そして部下の様子を見に行ったヒルダ姉さんと別れると一人の少女が俺の方に満面の笑みでかけよってくる。
「セイン様おかえりなさい。そちらの方は……?」
「ああ、シグレ。彼女はちょっとした客人だよ。それよりも父さんは大丈夫か?」
三人目のヘスティア様の加護を持つ少女が見つかったのだ。紹介してあげたいが今はそれよりも急ぐことがある。
「はい、命に別状はないようです。お会いになりますか?」
「頼む。何があったか聞きたいのと、報告があるんだ」
「わかりました。ただ……おモテになるのはすごいと思いますが、今はあまり女遊びは控えた方がよいかと……」
「え、俺は別にそういうわけじゃ……」
そこまで言いかけてナタリアさんが不安そうな表情で俺の服の袖をつかんでいるのに気づく。
確かにこの距離感は勘違いされてもおかしくはないね……
「いや、これは……」
「お話はあとで聞きますね。それよりもお急ぎなのでしょう?」
「救世主様はモテモテもですぅ」
ちょっとすねたようにほほを膨らますとシグレは先に言ってしまう。まあ確かに、散々イチャイチャした相手が遠征に言ったと思ったら新しい女と親し気にしているのだ面白くはないだろう。
ちょっと気が重くなりながらも俺はあわててあとを追いかけてくるのだった。
☆☆
「失礼します。父上お怪我は大丈夫ですか?」
兵士たちが休養しているのとは違う立派な家具のある部屋にて片腕に包帯を巻いた状態で父はベッドに横たわっていた。
リラックス効果のあるハーブと、消毒液の香りが鼻をくすぐる。
「ああ、情けないところを見せてしまったな。まさか、ゴブリンに待ち伏せをされるとはな……おおかた知恵の回る個体が現れたのだろうよ」
肩をすくめる様子から命に別状はないのがわかりほっとする。
それにしても待ち伏せか……もしも、ゴブリンにこの遠征の情報が洩れていたら楽勝だよね……どうしてもゴブリンメイジの言っていた言葉が頭をよぎる。
だけど……誰が……?
「それでその女性はどなたかな? サキュバスの里に監禁でもされていたのか?」
「ああ、彼女は……」
「私の名前はナタリア。サキュバスの女王をやらせてもらっています。セイン様に説得され、和平を結ぶためにやってきました」
「な……サキュバス……だと……それにその胸は……」
ナタリアがローブを脱ぎ捨てるとマイクロビキニに包まれた豊かな胸と人ではありえない角としっぽ、そして羽が露わになる。
とっさに醜い胸と言わなかったのは父も貴族として社交の場の経験があるからだろう。その点はさすがだが表情がわずかに歪んでいる。
「私の胸へのあなたたちの価値観に興味はありません。ですが、この胸がハイサキュバスである証明になると思いますがどうですか? 人の地を治めしものよ」
「あ、ああ……わかっています。サキュバスの女王は巨大な胸と巨大な魔力を持つと……それに相対していればわかる。あなたの魔力は並みのサキュバスとは比べ物にならない……」
父上がむっちゃ冷や汗をかいているがその魔力は俺の精力が元なんだよな……というかナタリアさんが別人みたいだ。
シャーロットといいやはり王族ともなると二つの顔があるのだろう。
「ならば話が早い。女王である私が自らここに来た意味がわかるでしょう? 私は本気であなたがたと和平と同盟を結びたいと思っているのです」
「ああ、本気度はわかりました。ですが、なぜ里にずっといたはずのあなたが……」
「セイン様とならば共存できるとおもえたからです。聞いたところセイン様はあなたのご子息なのでしょう? ならば次にここを治めるのはセイン様です。それならばともに手をあわせゴブリンやオークと戦えると信じることができたのですよ」
「なっ」
今度は俺が驚く番だった。彼女やグラベルさんには軽くだが後継者争うもあって俺が遠征に参加したということは話していた。
だけど、こんな形で援護してくれるとは……
「異種族とはいえ女王がここまで評価するとは……セインがここまでやるとはな……」
父上は一瞬こちらを見て嬉しそうに笑うとすぐに真顔に戻る。
「わかりました。交渉の場を作ります。それまでは正体を隠しセインと休んでいてください。準備ができた次第呼びに行きます」
「わかりました。快い返事を期待していますよ」
ようはお前が連れてきたのだからちゃんと見張っておけよということだろうか? それともナタリアさんが俺を信頼しているのを見て、なれない場所でリラックスできるようにという気づかいだろうか?
なにはともわれ俺は父の部屋をあとにするのだった。
「ふーーとっても、緊張したですぅ―。グラベルの言う通りにやりましたがどうでしたか?」
俺の部屋につくとナタリアさんはさっそくローブを脱いでリラックスした顔で息を吐く。
「ああ、助かったよ。まさか後継者問題まで後押ししてくれるとはね」
「ふふふ、感謝するですぅー。そのかわりお礼が欲しいですぅ。さっきかっこつけたから栄養のあるものがたべたいですぅー」
「ちょっと!! いきなりなにを……」
ナタリアさんが俺へと抱き着いてくきてその手は股間を軽く触れる。サキュバスの特性かこれまでずっとおあずけだったからか積極的すぎる……
でも、まあ、彼女も頑張ってくれたしなと思った時だった。
「あらあら、随分と仲がよろしいのね。旦那様」
ぞくっとするような声色とともに扉が開いて、視線をおくると……
「な、なんでシャーロットが……」
「遠征する婚約者を心配してやってきたわけだけど……違う心配をしなければいけないみたいね」
「だからさっきひかえてといったんですよ……」
開いた扉の先には氷のように冷たい目をしたシャーロットと苦笑しているシグレがいるのだった。
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