49話 エクウスの帰宅

 エクウスは酒場から男が去った後もしばらく酒をのみ、男との最後の話題に考えを巡らせていた。


 酒に酔い、いつの間にかうたた寝をしてしまったエクウスは、酒場の店主に声を掛けられハッとした。

 会計を済ませ店を出る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。


 待機していた護衛は御者に馬車を回すように報せた。シエルバ伯爵邸に到着するのは夜中になるだろう。シエルバ伯爵領は比較的治安は悪くはないが、宿の手配が出来ていないので、不安はありつつもこのまま馬車を走らせ伯爵邸に帰るしかなかった。何よりエクウスが帰宅を希望していた。


 護衛の1人は先に馬で駆け、伯爵邸に主が帰宅する旨を伝えに行った。


 エクウスが伯爵邸に着くと遅い帰宅時間にもかかわらず、執事長と侍女長など十数名が玄関ホールで出迎えに出ていた。


「旦那様、お帰りなさいませ」

「奥様は体調が優れず寝室にいらっしゃいます」

 トニーは自室に向かうエクウスに囁くように報告した。


 深夜の帰宅になったので、いつもなら冷静に受け流していたが、今日は酔っているせいか、エクウスは妻が出迎えなかったことに無性に腹がたった。酒場での男の話がよみがえった。

「わかった」

 エクウスは頭に血が上っていった。


 ――バーン


 エクウスは夫婦の寝室の扉を乱暴に開けると妻に向かって声を荒げた。

 扉を開ける音に驚いたリリアージュはベットに上体を起こし立ち上がろうとしていた。薄暗いランプの中で彼女は青白い顔で窶れて見えた。


「子どもの産めない女など不要だ。今すぐに出ていけ」

 酒に酔っているエクウスに逆らっても仕方がないと思っているリリアージュは「かしこまりました」としか言えなかった。朝になれば冷静になった彼と話をしてみようと。


「地味で陰気なおまえの実家の援助も今日で打ちきりだ。ははははは」

「···はい」

 リリアージュはエクウスの酔いと怒りが収まるまで素直に従うしかなかった。


 エクウスはリリアージュの顔色の悪さと痩せている姿を見て息をのみ、たじろんだ。

 リリアージュは酒に酔い足元が覚束ないエクウスを支えようと手を差し伸べた。

「触るな!」

 と大きな声で、リリアージュの手を振り落とした。

「すみません」

「おまえの顔など見たくない」

 そう言うとエクウスは、リリアージュの両肩に手を置き力任せに突き飛ばした。


 強い力で突き飛ばされたリリアージュはベッドの脇にあるチェストの角で後頭部を強打した。

 エクウスはリリアージュに振り向くこともなく、ふらふらとした足取りで自分の寝室に歩いて行った。

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