48話 酒場での話②
エクウスは居心地の良い空間と酒に酔いしれていた。伯爵家嫡男として求められる責任感や正義感。ストレスの捌け口として夜に酒をのむ事が多かった彼にとって、自身の身分に全く重圧を感じず、ただ好きなものをつまみながら酒を楽しむ事
、そんな些細なことを新鮮に感じていた。心が軽くなり大して親しくもない男に口が軽くなった。
「最近優しく寄り添ってくれる妻に手を上げてしまうことがあるんだ。自分の弱さに呆れてしまうよ。ああ、すまない。聞かなかったことにしてくれ」
エクウスはため息を吐き呟いた。
「エクウス様は学生時代からとても真面目でいらっしゃるから。近くで見ていて心配だったんですよ。少しでも良いので自分を開放して差し上げたらと」
「それはどういうことだ?」
エクウスは目を丸くして男に詰めよった。酒に酔い動作が大きくなっていた。
「エクウス様は勉強一筋で、他の者たちと遊びなどなされなかった。放課後に友人と連み、下らないことを言い合ったりしたことなどないのでしょう」
「···」
「ほら、そういうところですよ。何事も真面目に考え過ぎるのです。笑って誤魔化すくらいのほうがよいのですよ」
「そうかもしれない。早く父に追いつきたいと焦っていたのかもしれない」
「貴方様の立場なら仕方がないかもしれません。私の勝手な思いですが、学生なのにもう少し遊ばれてはと思っていました」
男はエクウスに彼の知らないであろう学生時代にあった出来事などを話して聞かせていた。エクウスは時に驚き笑い合い、男との時間を楽しんでいた。
「妻と結婚して2年になるが、まだ子どもに恵まれていないんだ。彼女を心から愛しているのに離縁するのは辛い。でも、シエルバ伯爵家のことを考えると跡継ぎは必要なんだ」
エクウスは今まで誰にも打ち明けることが出来なかった最大の悩みを男に漏らしてしまった。
男はう~んと唸り、
「奥様のご実家のメディウム男爵家をお調べになりましたか?最近羽振りがいいようですよ」
「そうなのか?知らなかった···」
エクウスは落胆し怒りを滲ませた。
男はしたり顔で、
「奥様の替わりなどエクウス様ならいくらでもいらっしゃいます。私ならいつでもご紹介させていただきますよ。跡継ぎの問題も直ぐになくなります」
「ありがとう」
と、エクウスは笑みを浮かべていた。
男は最後の話を印象づけるとさっさと店を後にした。
シエルバ伯爵家の後ろ楯があるメディウム男爵家を妬んでいた男はほくそ笑んだ。奥様と離縁とまではいかなくても夫婦仲に波風ぐらいは立てられそうだと。
シエルバ伯爵家の援助がなければメディウム男爵家は傾き、やがて男は自分の領地と隣接するメディウム男爵領を手に入れる準備をするだろう。
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