42話 新体制のシエルバ伯爵家
退職予定のバンスは新任の執事長のトニーに付きっきりで指導していた。
若くて生真面目な性格のトニーは2ヶ月もするとバンスがいなくても仕事をこなせるようになっていた。ただ思い込みの激しいところがあり、臨機応変な対応などが理解できないようだった。
「来週ご訪問予定のお客様について料理長と相談したか?」
「料理長にはお客様のリストを渡してあります」
「それだけじゃダメだ。旦那さまと三人で打ち合わせる時間を設けなさい」
「それだと効率が悪くないですか?」
「なんだと!お客様のもてなしの基準は旦那様が決められることだ。旦那様に確認しなさい」
バンスはトニーに向かって声を荒げていた。効率がよいとか悪いの問題ではない。伯爵家を訪ねてくるお客様に対してのおもてなしが出来ていない。
名前だけではどんなお客様を招いているのか使用人たちにはわからない。
伯爵家にとって大切なお客様には最上級のおもてなしをしなければならない。
商談に繋がるメニューや好みのお酒など細かい配慮が要求される。お客様の格付けは使用人が勝手に決めてはいけない。
「来週お見えになるのはどなただ?」
「アイビス商会のヴォルガ様ですね。平民の商人のようですから大したおもてなしは不要かと···」
「バカな···最上級のおもてなしが必要だ。料理長と侍女長に声をかけ、今夜にでも旦那さまと打ち合わせの時間を設けなさい」
「は、はい。了解しました」
バンスは額に手を当てて大きなため息をついた。
最近の小麦の売り上げが上がったのはアイビス商会のお陰だった。
支払い先の書類も見ていると思っていたが、トニーは計算だけして取引先は見ていないのか···。確かに計算や書類の類いは完璧なのだが、それだけでは仕事が出来るとは言えない。
今回のおもてなしでトニーに勉強させよう。
バンスはトニーに前回のおもてなしの内容を記した書類を整えさせ、一緒にエクウスの元を訪れることにした。
「夜分に失礼します、旦那さま。打ち合わせが遅れましたこと、誠に申し訳ございません」
「ああ、すまない。私の方も失念していた」
バンスの言葉にエクウスは寛大に答えた。
「そうだな。こちらの方には遠方から立ち寄るかもしれない。侍女長、念のために客室と付き人用の部屋も整えておいてくれ。それと厩の使用人にも連絡をいれてくれ」
「かしこまりました」
「料理長、彼は美食家だ。前回のメニューを踏まえて違う物を考えてくれ。食前のシャンパン、赤と白のワインなどの酒類は最高級のものを頼む」
「はい。かしこまりました」
「それと、これから我が領で養鶏業に力をい入れようと思っている。領の鶏肉を使ったメニューを取り入れるように」
使用人たちはエクウスの指示に従いヴォルガを迎え入れる準備に取りかかった。
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