37話 前シエルバ伯爵夫人アニーシャ

 アニーシャはシュヴァルに母の病気のことを打ち明けた後、全身の力が抜けたかのように疲弊していた。


 この国の医療は直接命に関わる病ではない精神性疾患などの病気に関しての知識や研究が他国に比べて遅れていた。

 今のところこれといって有効な治療方法が見つかっていない。


 フェミナ伯爵は国内の中でも優秀とされる医者に助言をもらっていたが、夫人の病状は良くなることはなかった。

 古くから付き合いのある隣接した領地の友人であるボーランド子爵夫人か娘のアニーシャが一緒にいると幾分病状は良くなるようだった。


 ボーランド子爵夫人はフェミナ伯爵夫人のことを気にかけ、息子のランドルを連れてよくフェミナ伯爵家を訪問していた。

 ランドルとの同行は将来騎士団に入る息子に護衛の知識を身につけさせるための供だった。


 アニーシャには5つ年上の兄がおり、幼少期にはランドルと三人でよく遊んでいた。

 ランドルとは同じ歳だがアニーシャとは兄妹のような関係だった。


 ボーランド子爵家の家族はフェミナ伯爵夫人のことを理解し、他言するようなことはなかった。


 他人には理解されない心の病を抱えていることがわかれば、特に貴族たちは面白おかしく噂をたて、醜聞を広めるだろう。子息たちの縁談、強いては領地の経営や商取引などに少なからず影響が出るかも知れない。


 アニーシャは母の病のことでシュヴァルに婚約破棄を言い渡されるのを覚悟していた。婚約したばかりの今ならまだ、シュヴァルに迷惑をかけずに済む。


 元々アニーシャは母の病のため自身の結婚を諦めていた。既に父と兄には長期に渡る説得の上何処にも嫁がないことに了承を得ている。

 母の病状を緩和するべく独学で他国の言葉を学び、精神性疾患に関する医学書で勉強を始めていた。


 ボーランド子爵家のランドルとの噂も気になっている。

 ランドルとはお互いに兄妹以上の感情は持っていない。


『大丈夫。私と婚約破棄を破棄になっても筆頭伯爵家の嫡男であるシュヴァル様なら、彼にふさわしいご令嬢はたくさんいるはず。私はただシュヴァル様の幸せを陰ながら祈っていよう。彼が学園をご卒業するまではお目にかかれるのだから。正直にお話してみよう。もし叶うのであれば、シュヴァル様のご卒業まではもう少しこのままでいたい···』


 アニーシャは婚約破棄を覚悟し、胸が張り裂ける思いでシュヴァルに母の病気の事とランドルとの関係を打ち明けた。


「私は君以外を妻にする気はない。心配することはないよ」

 アニーシャはシュヴァルの言葉に救われた。


「わたくしはシュヴァル様のことを心からお慕いしております」

 アニーシャの正直な気持ちだった。


「ありがとう。私もアニーシャだけを愛している」

 シュヴァルは真っ直ぐにアニーシャを見つめて言った。

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