33話 前シエルバ伯爵家当主シュヴァル①

 エクウスの父である前伯爵当主のシュヴァルと母のアニーシャ・フェミナ伯爵令嬢は、裕福な平民や貴族たちが通う学園で知り合い、学生時代に婚約しアニーシャの卒業を待って結婚した。


 アニーシャは目を見張るような美人ではなかったが、知的で気品のある清楚な女性だった。

 性格も穏やかで控えめだったため、学園のクラスの中でも目立つような存在ではなかった。


 シュヴァル・シエルバ伯爵は学生時代、同級生である王太子殿下の側近候補で、生徒会での仕事に追われ毎日多忙な日々を過ごしていた。

 シュヴァルは授業が終わると生徒会の集まりの前の僅かな時間に中庭の人気のないベンチに座り、ひとりで過ごすのが日課になりつつあった。彼にとって大切な束の間の休息だった。


 王太子殿下は温厚で人当たりがよく、生徒会の仕事以外でも、学園に通う下級貴族の者たちまでが色々な相談をしに来ていた。

 そして平凡で面倒な事案のほとんどが側近候補たちに回ってきた。


 生徒会での仕事で手がいっぱいだというのに、プライベートの些細な相談にまで付き合うのは勘弁して欲しい。

 王太子には相談の制限を求めていたが、王宮内での生活しかしたことの無い彼にとって、一つ一つの相談事が珍しく、新鮮な気持ちで聞き入っていた。

 側近候補たちは精神的にも肉体的にも疲弊していた。


 側近候補たちには些細な相談であっても、悩みを抱えている彼らにとって、真剣で重要な事なのは理解していたが。


 自領の領地経営が不振で学費の支払いが滞っているとか、妹の誕生日プレゼントが決まらないとか、弟に剣の指導が厳しいと泣かれたとか、慕っている令嬢へのアピールの仕方であったり、シュヴァルたちにとっては正直どうでも良い話ばかりであった。


 好奇心旺盛な王太子殿下はこれらの相談を真剣に聞き入っていた。

 シュヴァルは喧嘩の仲裁に入り怪我を負ったこともあり、貴重な学生時代を毎日やりきれない気持ちで過ごしていた。


 そんな中、中庭のベンチでのひとときがシュヴァルにとっての細やかな抵抗と安らぎの場であった。


 シュヴァルは授業が終わり疲れた心を抱え、いつもの中庭のベンチへとやって来た。

 どうやら今日は珍しく先客がいたようだった。

 黙ってそのまま引き返そうとした時、ベンチに座っていた見知らぬ令嬢に声をかけられた。


「わたくしはすぐに帰宅いたしますので、こちらへどうぞ」

 と言うとお辞儀をして立ち去って行った。

 顔ははっきり覚えていないが、制服のリボンで一年生の女子生徒だということがわかった。

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