25話 伯爵領の峠道

 天候にも恵まれ、シエルバ伯爵領までの馬車の旅は順調に進んでいた。

 間もなく領地に差し掛かろうとしていた。


 伯爵領に入る峠で休憩をしていると、エクウスは寄り道をしたい所があると、リリアージュに伝えていた。

 エクウスの言葉を聞いていた年高の使用人たちは沈痛な表情をしていた。


「この先の街道で父と母が命を落としたんだ」

「えっ···」

「今はこの街道も整備して危険は少なくなったのだが···。当時は危険な道であることを重要視されていなかった」

 エクウスは膝の上で両手の拳が白くなるまで握りしめ、眉間には皺を寄せ、悔しそうな顔で話をしていた。


 リリアージュは黙って、ただ頷くことしかできなかった。

 エクウスは一息つき、

「王都に行く時は違う街道を通っていたのを覚えているかな?」

「はい。こちらの街道は静かですね」

 リリアージュの答えにエクウスは少し気持ちが落ち着いたようだった。


 エクウスの話は続いた。

 エクウスの母親の実家であるフェミナ伯爵領からシエルバ伯爵領までは、この街道が近道であったこと。


 当時、病床にあったフェミナ伯爵夫人を見舞うために、数ヶ月前からお母様がフェミナ伯爵家に滞在していたこと。


 王都の仕事の帰りに父親が、フェミナ伯爵家に立ち寄り、母親と一緒にシエルバ伯爵領に向かっていたこと。


 エクウスは父親の代わりにシエルバ伯爵領で執務を行っていたこと。


 シエルバ伯爵前伯爵夫妻は、数日続いた長雨で街道近くの宿で足止めされていたこと。

 雨も上がり、充分な安全確認をした上で街道を通ったこと。


 不運にも、落石に驚いた馬が暴走してしまい、伯爵夫妻の乗っていた馬車が、崖から転落してしまったこと。


 母親は即死に近かったが、父親は看取ることができ、エクウスと最後に会話が出来たこと。

 事故があった近くに慰霊碑が建っていること。


 エクウスの話を聞いていたリリアージュは、いつの間にか涙を流していた。

 エクウスはリリアージュの涙を持っていたハンカチで、優しく拭っていた。


「君を泣かせるつもりで話したのではなかったのだけど··ありがとう。父や母のために涙を流してくれて」

 エクウスはリリアージュの頬をそっと撫でた。

「エクウス様。お辛いのに私のためにご両親のお話をしてくれてありがとうございました。私も慰霊碑までご一緒させて下さい」


 エクウスはリリアージュの手を取り、近くにある慰霊碑まで案内した。

 澄み渡る青空の中、今日の街道からの景色は絶景だった。遠くまで良く見渡せた。

 ここで事故があったことが不思議なほどだった。

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