真夜中の学校に火をつける

あやたか

第1話

いま私は真夜中の小学校のグラウンドの真ん中にいる。日中はたくさんの教員や児童で賑わっているが、人の気配は全くなく、しんとしている小学校に新鮮さを覚える。この小学校は私の母校だ。ブランコ、滑り台、雲梯、ゴールポスト、プールなど、懐かしい景色を眺めていると当時の記憶が脳裏に浮かぶ。

私は運動が苦手であった。しかし、小学校という環境は運動から逃げられない。私以外のクラスメイトや上級生、下級生はみんな運動が得意であった。休み時間になるとグラウンドに飛び出しサッカーをしていた。私はサッカーが嫌いであった。しかし、そんなことは言ってられない。私はサッカーをしなければならなかった。運動が苦手な私は団体競技ではお荷物であった。好きでもないスポーツを同調圧力でやり、ミスをすれば罵倒される。罵倒されれば恐怖で萎縮する。萎縮すればただでさえダメなパフォーマンスがさらに低下する。常にミスと罵倒の恐怖に脅かされながらプレイをする。そんなもの楽しいはずがない。

同級生達は友達だった。少なくとも私も同級生達もそう思っていた。しかし、今振り返ってみるとその関係性は友達では無かったかもしれない。第三者から見れば私はいじめられていたのかもしれない。しかし、当時の私はいじめられているなんて微塵も思っていなかった。同調圧力で断れない。休日になればやりたくもないスポーツや遊びを嫌々やらされる。嫌々しているからそこに主体性はない。ただ私は嫌われるのが、独りになるのが怖かった。ただその一心で金魚の糞のように同級生達についていく。私はいつも不安でクラスメイト達の顔色を伺っていた。ピエロになれるだけのバイタリティーもなく常に萎縮していた。その態度がさらに同級生達を怒らせる。そして、「お前に何の価値があるのだ」と尊厳の否定とマウンティングの対象にされる。スポーツができないから馬鹿にされる。いつも不安で萎縮しているから馬鹿にされる。都合のいいストレスの捌け口にされ人格否定をされる。あの同級生達は本当に友達だったのだろうか。以前、成人式で数年ぶりに再会したが、同級生たちの私に対する態度は変わらなかった。昔のように私はコミュ障だのなんだのとマウンティングをされた。そしてやっと彼らに愛想が尽きた。それは余りにも遅すぎた。私には人格形成において大事な時期に他人に加害され続けてしまった。大学に進学するまで彼らとの関係を切れなかった。私はもっと早く彼らと縁を切るべきだった。

一通り過去の心的外傷体験を反芻した私は、自分の過去にけじめをつける決心をする。校内に侵入し、持ってきた灯油入りのポリタンクから中身をぶちまける。怒りと憎しみの感情を嚙みしめながら全ての教室に灯油をばらまいていく。数時間かかったが、遂にそのときが来た。私はライターをズボンのポケットから取り出し、火をつける。揺らめく小さな炎をゆっくりと灯油に浸った床に近づける。灯油に引火しすぐさま床が燃え盛る。私はその場を離れ、燃える教室を遠目から眺めていた。小学校一つを全て焼き尽くすには予想以上に時間がかかった。火事に気付いた近隣住民に通報されないか心配で仕方なかった。私自身がどうなるかはどうでもよかった。ただ、小学校を完全に焼き尽くす前に消化活動が行われないかだけが気がかりだった。火はどんどん大きくなっていく。パチパチと音を立てながら建物をオレンジ色に染めていく。多く揺らめく炎と、外気との温度差で荒ぶる空気を眺めていると、その景色が美しいと思った。この炎は浄化の炎だ。私にとって暗い体験、心的外傷体験を象徴する建物が美しい炎によって清められていく。気づくと私は涙を流していた。巨大で美しい炎が私の心を蝕んでいた悪性腫瘍を焼き尽してくれたことに心から感謝と畏敬を抱いたからだ。

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真夜中の学校に火をつける あやたか @ayataka98

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