第41話 置いてけ堀

「オタクのトラックにはねられた。謝罪と慰謝料を請求する。この場から引き返せ」

 やって来た若造。

 開口一番の台詞はこれだった。


「なんだ貴様」

「さっき言っただろう、トラックに撥ねられた被害者だ」


 前を見ると、ミサイルの直撃でも受けたような惨劇。


 止まれずにぶつかった三台と、躱した数台が道路脇に落ちている。

「貴様ナニをした」

「だから言っただろう。撥ねられたと」

 話にならないと判断をしたのか、隊長はいきなりハンドガンを抜き、ぶっ放す。


 胸、腹、頭に一発つずつ流れるように撃ち込む。

 だが、その弾は空中にとどまる。

 それを見て、報告書の記述を思い出す。


 とっさにグリップエンドで殴りかかるが、その前に顎へ衝撃があり意識を刈られる。


「面倒だな」

 そう思っていると、小銃を持って兵達がバラバラと降りてくる。


 倒れている隊長。

 当然、発砲が始まる。

 だがここは、隊列の真ん中付近。

 にやっと笑うと、息吹は弾をかわす。

 その動きは流水のごとく、なめらかで見た目には、幾重にも重なる残像が見える。


 そう、あちらこちらのトラックから、兵達は出てきていた。

 そんな所で、水平撃ち。

 同士撃ちは免れない。


「バカやめろ。撃つな」

 すぐに止まったが、それでも味方同士で随分数を減らす。


「あらら、以外と訓練ができているな。それで、あんたら何をしに来たんだ?」

 答えながらも、まだ銃口を向ける。


「我が国から、逃げ出した奴ら。逃亡者を捕まえに来ただけだ……」

 また、引き金が引かれる。



 クルクルと舞い踊りながら、弾をかわす。

 道の中央にはトラック。

 トラックの横幅は二・五メートルもあり、この道自体はあまり広く無い。普通の乗用車が、何とかすれ違う事が出来るくらいの幅。

 そして、脇は一段下がって麦畑が広がる。そのため、動ける範囲は路肩まで入れて一・五メートルほど。


 その広いとは言えない範囲で、くるくると弾をかわす。


 その異常性に、気が付かなかった。

 また射線上では、他の兵が倒れる。

「撃つなと言っているだろうが」

 背後から、ぶっ放していた兵が殴られる。


 すでにけが人は、撃たれただけで二十人程度。

 トラックの事故で、六十人くらいは動けないようだ。


 たった一人の、若い男によって起こった惨劇。


 後部にいたトラックから顔を出した兵達は、どうするかを考える。


「あいつは化け物だ。どうする?」

「だが、手ぶらで引き返しても、最悪な状態になるのが判っている。ドローンか、ヘリで応援して貰おう」

 そう言われて、納得する。


 今のままで帰れば、ただやられて、しっぽを巻いて帰っただけ。

 処分を喰らい、ランクが下がるのが容易に思い浮かぶ。

 威張り散らす上司。

 雇ってやっているんだという態度。

 いつもの姿や行動から、言い出すことは理解できている。


「依頼してみよう。座標をおくれ」

 GPSは現在使えない。


 基地から走ってきた距離と方向。それをデーターとして送る。


 そして、無線で伝え、使えるトラックは退避する。

「ばか、こっちは動けないんだ。何を考えてやがる」


 そう言いながらも、何とかけが人を引っ張り、退避を始めるが、当然息吹もバカではない。


 最後尾のトラックがバックしようとしたとき、前タイヤの切れ角から、右後部のタイヤを破壊する。

 すると、滑りながら道を塞ぐ。


「おいてけぇー」

 まるで頭の中で響くような声。

 それは遠くのようでもあり、すぐ耳の横から聞こえるようであった。


「おいてけぇー……」

 そう、まるで置行堀おいてけぼりの様に。

 置行堀は、東京都墨田区を舞台とした七不思議。

 怪談の1つで、置き去りを意味する『置いてけぼり』の語源とされる。


 内容は、錦糸町あたりの堀で釣りをしていると、非常によく釣れた。

 夕暮れになり気を良くして帰ろうとすると、堀の中から『置いていけ』という恐ろしい声がするというもの。


 この話では魚だが、ここでは軍用トラック。

 31/2tタイプ。

 結構大きいので、欲しかった様だ。

 まあ奪ってしまえば、これからちょっかいも出しにくいだろう。


 もうすぐ、ドローンによる誘導爆弾もやって来る。

 あわてて、トラックを捨て、一目散に走り始める。


「ひでえなあ。けが人や、仲間達の死体は置き去りか……」


 それを仰ぐと、空中でドローンが進めずに止まっていた。

 むろんシールドだ。


 亜空間に入れようかと思ったが、物騒なものがくくりつけられているので、工場へ返す。

「偉い奴は、大体高いところが好きだろう」

 管理をしているタワービル。

 その中の一番高いところへ、転移させる。


 すぐに光が見え、煙が上がる。

 飛んできていたのは三機。

 一度にそれが爆発をした様だ。


「まるで、昔見たアメリカのテロのような映像…… あーやだやだ。戦いはむなしいなあ」

 そう言いながら、慰謝料として、トラックや武器、弾薬を収納していく。


 一応けが人は、動ける程度まで治療をしておく。

 これは代謝などを加速するだけなので、直接的治療行為ではないと結論付けられた。治しているのは、患者自身。

 医師法違反ではと聞かれたときに、治療中の人に、飯を食わせて逮捕されるのはおかしいと言って、納得して貰った。


 そう、国が安定すると、結構色々と面倒になる。

 後はけが人達に任せて、シールドの向こう。日本内へ転移をする。


「消えやがった…… ひでえ、せめて一台トラックを残してくれれば……」

 そう言いながら、無線機で叫ぶ。

「たすけてくれぇー。敵は消えた……」

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