第2話
今代の西の勇者、エフィル・モルスタレーは列記とした神に選ばれ士者であることに違わないが、その実力は歴代の勇者の中でも一際弱いものであった。
北の魔王を倒したと言っても功績のほとんどが北の勇者のおかげであり、彼がいなければ決して無理だった偉業だろう。
彼女とは対照的に彼は今代の勇者の中でも最強であり、歴代勇者の中でも5本の指に入るであろう実力である。
そして北の魔王亡き後のパレードでも気が気ではなかった。
かの魔王は勇者に負けるであろうことを早めに察していたため部下のほとんどを逃がし終えていたのだ。
北の勇者と一緒なら問題無いが彼女達だけではいささか不安である。
そのためパレードには影武者を用意し、凱旋の後のパーティで入れ替わり王都といち早く離脱しようとしている。
更にはギルドに依頼を出し、一般人のふりをして集合場所に集まることで、依頼を知っている人間であれば「あれが安仕事の人達か」と思うだけで終わるよう、聖女フリーデと神聖力を宿した第二王女メルフィーロの力によって彼女達を中心とした人避けの結界を創り移動する。
どこかの貴族が豪華な馬車に乗って街を離れる。
そんな風にしか見えないように最善の注意を払っていた。
だがそんな彼女達を遠目に見守る人。
要人護衛依頼のわりに報酬が安い、定員が1人という非常識、自らの体が一番の仕事道具の者達からすれば絶対に受けないであろう仕事を受ける物好き。
そのせいで縁が結ばれた人。
クジラ。
心の大きな子に育つようにと親から与えられた名前を「クジラって名前可笑しくないか?」と思っている。
そんな彼は勇者一行が人避けの結界の中で堂々としているのをしっかりと認識し、ばっちりと視認し、気配を殺しながらなんのために彼女達がこんなことをしているのか探ろうとしている。
しかも彼女達はこの依頼を受けた人がいることを知らずか、それとも受けていても自分達を認識することが出来ないから初めから置いていくつもりだったのか知らないが、もう街を出て行ってしまった。
ゆっくりと馬車は進んでいく。
1kmほど離れたところで彼も出発する。
東の大国側へ進んだ彼女達をゆっくりと追跡する。
当の彼女達は追跡者がいることも知らずに常に周りに気を配りながら進んでいた。
真っすぐと半日ほど進むと森に入るのでそこで結界を解く予定である。
つまり限界ギリギリの結界を張っている二人が倒れる寸前まで無理をさせて進むのだ、その間に襲撃があれば二人の集中が落ち魔力コスパが悪くなるとそこまで辿り着けない可能性がある。
なので魔法使いのアンジュが常に探知魔法を張り巡らせ、魔物等を発見し次第、エフィルが速攻で倒す。
「東北東、3体」
「りょかい!」
聖剣グランベルム、体躯が小さいエフィルと同じくらいの大きさのある大剣だが彼女はそれを片手で軽々扱いこなす。
最弱といえども勇者であり、中堅冒険者だったら1人で倒すのは苦戦するであろうオーガ3体も一太刀で消し去りすぐに戻ってくる。
騎士のノエルは御者の代わりとして馬の手綱を握っている。
そのまま無事に辿り着き、少し森の中に入ったところで休憩をとる。
アンジュが人避け、魔物除け、物理結界、魔法結界、を張りそこでやっと王女と聖女、そしてずっと探知魔法を使っていたアンジュも一息つけるのである。
皆が張り巡らせている緊張をすこしでも解こうと、エフィルが騎士ノエルの大きくたわわに実った胸について聞く。
「どうしたらそんなになるの?」
慎ましやかな自分のペタペタを触りながら聞くと、ノエルは笑いながら。
「エフィはまだ成長期なんだからまだこれからだよ」
と言いつつも、自分が同じくらいの時にはもっとあったけどと心の中で付け加える。
「別にエフィはそのままでもいいんだよ?」
とアンジュがフォローをいれるが彼女もそれなりにあるため。
「ある人には分からないんだよ、私と姫様の悩みは!」
「え?私もですか!?」
「姫様は気にしたことないの?」
「それは・・・気にしてますけど」
「ほら!」
フリーデはそのやり取りをニコニコと見守っていた。
そしてその横で悪魔が問いかける。
「これ以上生きることもできないのに?」
中性的な声は聴いた瞬間に人のものでないドス黒いモノだと即座に全員が認識した。
悪魔は即座にフリーデの首をつかみ殺さず勇者側に投げる。
「結界があるのにそんな!?」
アンジュは自ら創った結界になにも異常が無かったはずだと、目の前に起きている光景が飲めなかった。
「私はザイロン、お前等が殺した尊き御方の右腕」
北の魔王の仲間でも1位2位を争う強さを持つ悪魔の名に、全員が死を覚悟する。
「それで誰から死にたい?選ばせてやる」
ずっと余裕の笑みを浮かべている悪魔。
見た目は人間そのものなのに纏っている雰囲気や魔力が段違いである。
「姫様は逃げてください」
だが恐怖で声の出せない姫様は動けず目線を動かせず思考が止まっていた。
「姫様!」
ノエルが姫様の頬をビンタする、少し赤くなったがやっと姫メルフィーロは彼女達の言葉を認識する。
「姫様は逃げて!私達で時間を稼ぎます!」
何かを言おうとしたところでグっと飲み込み駆け出す。
その姿を見ながらエフィルとノエルは強化魔法で身体能力を向上させ、そこに聖女の祈りで効果を更に上げる。
その行動をいっさい邪魔することなく、何の期待も感情もない目で悪魔は見ていた。
先手を打ったのはアンジュだ。
「エル・ブリザード」
絶対零度の氷嵐が悪魔を襲い、足と地面を凍らせ動きを封じるだけでなく、体も少しずつ凍らせていく。
手が凍り始めた瞬間、エフィルとノエルが駆け出し2本の剣で切る。
が凍ったままの腕を無理やり動かし剣を掴む、だが聖剣と悪魔とでは分が悪く、聖剣を掴もうとした右腕は落とされる。
「ふん、それくらいは出来るのか糞が」
憎しみの籠った声で罵倒しながら右腕で勇者の頭を掴む。
切り落とされたところで即時再生してしまえばなんの問題もない。
彼はそういった悪魔なのだ。
「貴様は最後に殺そうと考えていたが、我慢ならん」
右手に力を込める。
「あががが」
と苦しい声を上げるしかできないエフィルを助けるため、アンジュがさらに魔力出力を上げることで腕が凍りだし、ノエルの剣を掴んでいた手が砕け散り、そのまま右手を切り落とす。
拘束から逃れた瞬間、悪魔を蹴って距離を取る。
「さすがは勇者一行と言ったとこか」
と悪魔が呟くと、全ての結界を壊しながら極大丸太がアンジュを襲う。
とっさに物理障壁を張ったがモロに直撃を受けてしまい呼吸すら難しいくらい弱ってしまう。
「だから言っただろう、魔法使いから最初にやれって」
「そうでしたか?」
彼女達の横から現れた新たな悪魔だ。
フリーデがすぐに癒しの祈りで手当てするが即座に丸太が吹っ飛んでくるのをフリーデとアンジュを守るためにエフィルがそれを受け止める。
聖剣の魔力を開放して魔力壁を創ったがその反動で右腕の骨が折れる、強すぎた衝撃から防御の反動が腕を潰した。
もし2人に直撃していたらその場でお陀仏だっただろう。
「さしても脅威に感じなかったもので」
「でどうする、こいつから殺すか?」
そう言った2人めの手には先に逃げたはずのメルフィーロがボロボロの姿で捕まっていた。
「貴様!」
その姿に怒りで我を忘れたノエルの前に咄嗟にエフィルが前に出て止める。
「大丈夫だよ、絶対助けよう」
絶望的状況でも泣きそうでも決して諦めず勇者を全うしようと、小さな女の子の最後の覚悟だった。
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