列車の行先は

ゆ〜

あの場所

誰もいない駅のホーム。

四両しりょうの列車が停車している。


「私」は足を踏み出す。

ドアに足をかける。

ゆっくりと、静かに。



これはいつかの記憶だ。


今ではない、「いつかの」記憶。


だったのに。


「私」をあの場所へ連れて行ってくれた列車が今、目の前で停車している。


私を呼び、待っている。


+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


『もうどうでもいいかな。

 未練なんてないし。

 みんなどんな反応するんだろ。

 もしかしたらニュースに取り上げてもらえるかも!』


  そんなことないだろ。

  大人になることは未練じゃないの?

  悲しんでくれる人、いるじゃん。

  しかもこんなありきたりな自殺なんてニュースになる訳ないよ


『でもさ』


  何。


『疲れた。

 今を生きる私にとって、過ぎ去った日々は文字通り過去でしかない。』


  …っ。だけどさ、そんなことで死ぬの?


『だって。』


  今回は楽しかったじゃん。

  みんなと遊んで、笑って、「」とは違う運命だったでしょ?

  やっぱ今回は元が違ったからだよね…


『そうかもね。

 あなたのときよりもずっと、ずーっと楽しくて、死ぬなんて考えたくなかった。』


  ならs ――


『なのに、戻りたいと思った。もう一度あの場所に行きたいと思ってしまった。

 この気持ちはきっと抑えられないから。』


  未練あるよ。

  もっと遊び足りないんじゃないの?

  てか、もっと遊んでよ!

  「」の分までさぁ!!

  恋愛だって、「」のときも何もしてくれなかった!!


そんな誰かの言葉を無視して心を決める。死のう。

私の居場所はあそこにしか無いのだから。

思うやいなや、無意識に踏み出した一歩が、私をあの場所へ連れて行く。



着いたのは、

あの場所へ


ややこしいが、それはどこか、と聞かれれば簡単だ。

崖。


靴を揃える。

遺書はない。


一歩踏み出す。

落ちる。



逆さまな景色、

全てを遮るような風の音、

なびく髪と服、

近づいていく波と岩場。



…。


+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+


痛みはない。

起きたらもう駅にいる。


「私」をあの場所へ連れて行ってくれた列車が今、目の前で停車している。


私を呼び、待っている。



また同じことにならないよう祈りながら、静かに一歩踏み出す。


列車は軋んだ音をたてながら、

またあの場所へと出発する。

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列車の行先は ゆ〜 @MainitiNichiyo-bi

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