第19話
「……え?」
聞き違いだろうか。
お兄ちゃんは宥めるような、生温い声音で続けた。
「俺に散々言われた通りお前と相性悪くて、不快な気分にさせちまったから謝りたいってさ。お前、家飛び出したんだって?」
「飛び出した?」
まさか赤瀬について伝えてない?
「施錠は
赤瀬は私の肩を掴むと私のスマホへ身を乗り出す。
「
「んっ? 誰だ?」
「
「お、おお。お友達か。いつも妹がお世話になってます……。っていやいや、ありがたいけれど、うちの親三ヶ月帰って来ないんだよ。その間ずっとっていうのはなあ……」
「いいんですうちの親も仕事で余りいませんから。泊まって貰うのも初めてじゃありませんし。
「
漏れ出しそうな悲鳴を堪えた。
赤瀬は息を呑んで私を見る。
やっぱり
こちらの困惑がお兄ちゃんに漏れる前に、赤瀬はほぼノータイムで答えた。
「
「ああそういう。んー、まあ正直嬉しい申し出だけれど……。まあ一旦、
間髪入れず応じる。
「お兄ちゃん?」
「おお
「分かった」
それでもも何も無いさっさと赤瀬の家に逃げる。
「赤瀬さんだっけか? 泊めて貰う事になってもならなくても、気にかけて貰ってるんだから、ちゃんとお礼言うんだぞ」
「うん。また聞きたい事があったら、電話していい?」
「勿論。俺もまた連絡するよ」
「分かった。それじゃあね」
通話終了のボタンに親指を伸ばした。
「ああ
「何?」
苛立ちを堪えて親指を止める。
「
「お兄ちゃんごめん、ちょっと今急いでて」
「あーいたいた!
馴染みの無い声に呼びかけられた。
つい電話を切りながらそちらを見上げる。渡り廊下の方か?
辺りを見回しながら渡り廊下の正面に出ると、向こう岸に立つ女子生徒が手を振っていた。
クラスメートじゃない。でも知ってる。同期の水泳部の子だ。大会で何度も優勝してるから校内でも有名で、今懸垂幕で一番名前が載ってる子。でも面識は無い。
首を傾げていると察したのか、水泳部の子は手を振り続けながら言った。
「ごめーん窓越しに見えたから! さっき帰ろうとしたら正門前に先輩の知り合いがいてさあー! 水間さんを捜してるから、いたら声かけといてくれないかって言われてー!」
先輩の知り合い?
付いて来ていた赤瀬が隣で止まった。私と水泳部の子の遣り取りが聞こえていたらしく、水泳部の子へ尋ねる。
「先輩って誰!?」
勿論全く訛っていない。
「保坂せんぱーい!」
赤瀬は私を見た。
「知ってるか」
完全な関西訛り。
「初耳」
「どないなっとんねん」
怪訝そうに呟く赤瀬の声に被る格好で、水泳部の子は続ける。
「何かー! 保坂先輩の友達って人が捜してたよー!
息が止まった。
赤瀬も目を見開いて絶句する。
視線を咄嗟に窓へ投げた。ここからならギリギリ、正門が見える。
いた。正門越しに校舎を見上げる、秋らしいワンピース姿の女性が一人。初めて見た時からまだ脳裏に焼き付いて離れない、
無邪気で無知で惨たらしい幼児みたいなあの笑みを浮かべている様さえ見えた気がして、背中が粟立ち凍り付く。
「……赤瀬」
つい呼びながら姿を探した。赤瀬はすぐ振り向いて来る。
二つの視線と目が合った。
一つは赤瀬。
もう一つは、赤瀬の肩越しにいる、あれ。さっき正門に続く一本道で見た、不器用な人が粘土で作ったような輪郭の誰か。
霧に阻まれて性別も年齢も判断がつかなくて、空から垂れた縄で首を吊っているように背骨は真っ直ぐで
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