5.全部思い込みだって?

第14話


 廊下に出た。


 既に文化祭の準備を始めている周りのクラスの喧騒と、別棟に部室がある吹奏楽部の合奏が鮮やかに耳に飛び込んで来て、忙し無く歩く生徒らが両脇を行き交っていく。扉一つ、壁一つで隔てられた先で、うちのクラスに充満する硬質な冷気を際立させるみたいに。


 目もくれず歩く。


「……ねえ」


 ボソッと赤瀬の声が飛んだ。丸めた不要なプリントを投げ付けるような、露骨に不機嫌な感じ。


 渡り廊下からこちらへ曲がって来た生徒とぶつかりそうになり躱す。


「ねーえ」


 躱した生徒に慌てた様子で会釈されたので会釈し返した。


「ねえ!」


 渡り廊下へ方向転換しながら返す。


「何? 猫じゃあるまいし」


「誰が猫よ。さっきの何」


 振り返らない。歩調も変えない。


「天野は意外にビビりだったって事」


「違うでしょ。あれはあんたにビビってた」


 渡り廊下を歩き切る。


 こちらの校舎は部室や移動教室用の部屋が主だ。放課後になると寒々しいぐらい人気が少ない階もある。私達二年生のクラスと向かい合う階が丁度ちょうどそれ。どの部屋も部室にあてがわれていないから誰もおらず、上階から響く吹奏楽部の音で盗み聞きされる心配も無い。


「何であいつあないお前にビビってんねん」


 人気が無いので赤瀬は標準語をやめた。


「何か因縁でもあるんか? てかあない簡単に黙らせる方法あんねやったら、もっと前から……」


「私は赤瀬みたいな人格者じゃないよ」


 赤瀬の手を離し、百八十度方向転換して立ち止まる。


 驚いた赤瀬は、ぶつかるまいと前のめりになって踏ん張った。


「天野が黙ったのは、私の口答えが上手かっただけだよ。別に日常的にギスってた訳じゃないし、私って普段から人付き合い希薄だし、割にお喋りだから驚いたんじゃない」


 鼻先で姿勢を整えていた赤瀬は呆れ顔になる。身長差で少しだけ見下ろされた。


「……面倒事っちゅうんは、事前に避けられるんやったら避けた方がええ思うけど?」


「私文化祭出ないし」


「アホ。てかええわそこは。お前体育祭もサボっとったし。せやなくて」


 イライラによりいつものペースを取り戻し始めていた赤瀬は、何かに気付いたような顔になって言葉を切った。何かと思えば、一歩下がるだけ。赤瀬としてはこの距離はちかぎ判定なようで照れたらしい。


「せやなくて、何でお化け屋敷の件から矢花やばなについて情報源になりそうな人脈聞き出せへんかったんや」


 何事も無かったように再開したので触れないでおく。絶対怒るし。


「そういう人脈を持ってなさそうだったから」


「根拠は」


 分かってるだろうにくんだから。


「持ってたらもっと賢い方法で私に迫ってたでしょ。知り合いに、あのお化け屋敷の製作に関わってた人がいるから、一から作る劇よりいいものが出来るって。それをせず只管ひたすらこっちをサゲ発言って、ゴリ押しで言いなりにさせたいだけじゃん。中身無いよ」


「お前と天野が犬猿の仲で会話が成立してへんかっただけで、他の奴に頼んだら上手くいったかもせえへん可能性は?」


「既に委員長をめてた時点で限り無くゼロ。そもそもああいう人種って、押さえ付ける以外にろくなコミュニケーション手段持ってない」


 赤瀬は肩を落として嘆息した。予想通りだっただろう私の意見の確認が終わったらしい。


「学校てダル……」


 俯いたまま愚痴っている。


「赤瀬もサボろうよ。学校行事クソイベ


「最悪なルビを振るな」


 即顔を上げて突っ込まれた。


「家で一緒に映画観ようよ」


「お前今家無いようなもんやろ。どないすんねんあのカス」


「天野?」


矢花やばなや! ポリ呼ぶにも兄貴の彼女っちゅう絶妙に身内っぽい関係やから、ギリ変な女で片付けられて相手にされへん恐れ大やろ!」


「うん。正直有効な対策が思い付かない。赤瀬の家に泊まる」


「お前っ――。いやそれはええけど、何か誤魔化してへんか」


 背筋が真っ直ぐに戻っている赤瀬は、刺すように指を向けて来た。


 視線も当然真っ直ぐで、私の目を見据えている。霧でいつも薄暗い空気の中、刃物みたいな光を宿して。


 芯のある人しか持ってない光だ。私が持ち得た事の無い輝きかつ、赤瀬は出会った時から持っていたもの。


「どういう所にそれを感じたの?」



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