第13話


 天野は嫌悪感を露わにして、長い脚でわざとらしくゆったり歩いて来る。


「忘れ物とか言ってるけどさあ、本当は委員長に頼まれて文句言いに来たんじゃないの? 赤瀬も何でいる訳?」


 絶対キレないで。


 既に応戦の為踏み出そうと前のめりになっている赤瀬に一瞥で訴える。


 気付いた赤瀬は姿勢を戻しつつ視線を投げ返して来た。「しょうがないなホント」と言いたげだが了承との事(関西弁での言い方は分からないのでこう表しておく)。


 目を天野へ戻す。


「忘れ物なのは事実。寝てて何もしてなかったから。蘆屋あしやさんは私にも赤瀬にも、そういう頼み事はしてない。赤瀬がいるのは、忘れ物の件を伝えに来てくれて、一緒にいたから」


 天野は目の前で立ち止まる。本当に背が高い。百七十センチ近いと思う。確か今年も、クラスの女子で一番の長身だったか。


 ただでさえ我が強そうだと一目で分かる天野の目が、メタルフレームの眼鏡が照り返す蛍光灯の光で鋭さを増す。


「ふん。どうだか。いかにも反対派の代表でーすみたいな面子だけれど。大体他の奴らだって黙ってるだけで、全然意見出さなかったじゃない。何ではっきりこれやりたいって言えるあたしらの案に口挟むのよ」


 そういう態度が怖いから委縮してるんだよ。


「全くのゼロでも無かったんでしょ? 投票で決める流れになったんだから。その結果、お化け屋敷と劇に票が集中して、提出を忘れてた私の一票により、その二案の獲得票数が同一になったの」


 言いながら蘆屋あしやさんに手を伸ばし、プリントを渡して貰う。


「だから明日改めて、お化け屋敷と劇で再投票しようよ。一日待つぐらい、致命的な遅れにもならないと思うし」


 天野にプリントを差し出した。強奪みたいな手付きで受け取られる。


 天野は不愉快そうに腕を組みながら、プリントを見下ろした。


「あんた劇好きなの?」


「全然。どの案もどうでもいい」


 あやっべつい本音が。


 蘆屋あしやさんは嘆息して、赤瀬はどうしようもないものを見る目で私を睨んだ。


 天野は謎に勝ち誇る。


「ハッ。そんな事だと思ったわよ。あんた去年の文化祭も図書室引き籠って不参加だったじゃない。どうせその二人に言われて、あたしらに反対する為だけに劇って書いたんでしょ。性格わるぎ。勉強出来るのにやっていい事と悪い事の区別付かないとかヤバいんですけれど」


「二人に同調はしてないよ。寝てて何も知らなかったし無関心で適当に書いたら、たまたま再投票の結果に繋がる事になっただけ。真面目に考えて書かなかったのは謝る」


「じゃあ無効票じゃない。お化け屋敷で決まりよ」


「それでもいいよ。そもそも文化祭に参加する気無いし」


「はあ? じゃあ何しに来た訳? 全然負けた言い訳になってないんですけれど」


「全然楽しみにしてなさそうだね」


「は?」


「お化け屋敷。そもそも文化祭自体を。てっきりプレゼンあると思ったんだけれど、私を攻撃してるだけで熱意感じないから」


「何それ被害妄想? 後からグチャグチャ文句言うだけで何も意見出さないあんたら陰キャが邪魔して来てるだけでしょ?」


「何でそんなにお化け屋敷やりたいの」


「質問したのはこっちなんだけれど」


「本当は理由無いんでしょ」


「耳おかしいんじゃない?」


「二番煎じしてまで本物のおばけを出そうとしなくても、日頃の行いは見られてるよ」


 撃ち殺されたように誰も喋らなくなった。


 死体みたいに、空気が硬く冷たくなる。


 葬儀中みたいな静けさが垂れ込めて数秒後、横から困惑の気配が上った。赤瀬だ。


浅薄せんぱくだよ。天野」


 無視して喋り続ける。


「イベントだけ張り切る人間にいいねも高評価も付かないし、それをどこかで分かってるから、何とか巻き返そうと必死なんでしょ。イベントは必ずサボるけれど勉強が出来るから成績に何の影響も出てない私みたいに、要領よくやる悪知恵も勤勉さも無いから、高圧的な態度で誰かを従わせる以外に説得力を持ってないんだ。悪い知恵すら入ってない頭だから勉強も出来ないし、その態度を取るのをやめたら日頃散々踏み台にしてる陰キャ達と、何ら変わらなくなってしまうから。やめてね。天野がそんな態度だから言えないだけで、普通に文化祭楽しみたいって思ってる人が殆どなんだから迷惑かけるの。蘆屋あしやさんも赤瀬も公平に物事を運びたいだけであって、天野の邪魔をしたくてこういう立場を取ってる訳じゃない。真っ当にやらないと、罰当てられるよ」


 瞬きも忘れて私を凝視し固まっていた天野から血の気が引いた。


「……えっ?」


 今からお前が背にしている絶壁から突き落とすと言われたような顔だった。


「比喩だよ。神は見ている、とか言うじゃん。自分達が作ろうとしてる化け屋敷に出るらしい本物の幽霊にと思った? まあそっちの方が自業自得感あってそれっぽいし、思い当たる節人並みより多そうだもんね。去年から同じクラスだから色々見聞きしてるし、こんな大勢の前で晒し者にする必要も無いから言わないけれど」


 数秒待った。もう誰の反論所か反応が無い。赤瀬以外俯き加減になって目を逸らしている。


 私しかまもとに喋る人間がいなくなったので、この件は終わりという事にする。


「それじゃあ蘆屋あしやさん。私用事あるから」


 ドアへ振り返りながら告げる。


 視界の端に映る蘆屋あしやさんは、少し呆れた様子で頷いた。後で軽くお説教かもしれない。


 これ以上ここにいても面倒が増える気しかしないので、赤瀬の手を掴み、早足にドアへ向かう。



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