霧に紛れて犯すのは。【今月31日まで毎日更新】
レンチン卵爆心地
1
1.留守宅の深海生物
第1話
わざと狸の
道を横断し終える間際に
遠くで救急車のサイレンが響く。つい振り向いた。ベタ付くのっぺりした濃いグレーに阻まれて、一メートル先も見やしない。霧だ。トイレの個室の壁ぐらいの距離感で四方を覆い、全てを灰色に塗り込んで佇んでいる。
いつもの事だ。一歩外に出れば、微かに
今日から両親が出張で三ヶ月家を空ける事になった。今朝リビングにあった書き置きで知った。お兄ちゃんは今春から大学進学に伴い他所の町で一人暮らし中だから、家事は私の分だけでいい。つまり夏休み三回分もの自由。
私は今、人生で最高にテンションが上がっている。
これはクラスメートにも「機嫌がいいね」なんて言われちゃうのではと登校中まで期待していた。誰にも指摘されなかった。こんな日さえ私の精神と表情筋の接続状況は切断同然らしい。同時に、今日とは世間にとって平凡な日々の一つに過ぎないという現実を示され、やや冷めた。
それでも人生史上は最高の日なので放課後を迎えた現在もアガッている。今日は家事をサボって、サブスクでのんびり映画でも観よう。
学校から一番近いコンビニで買ったポップコーンをスクールバッグに入れて、自宅のあるマンションの階段を上がった。
廊下に出る。誰もいない、音もしない、四角いだけの様が、ずうっと突き当たりまで続いている。表に出ているのは霧だけで、ここを廃墟と錯覚させるようにのろのろ辺りを這っていた。靴音がどこまでも抜けていくように響く。
ああ靴掃除をしないと。踏み潰した
赤瀬に、いい靴掃除の方法は無いか
壁を這ってるやつに気付かなくて悲鳴を漏らしてるのを見た時は、そんな事で驚く人間がいる事が信じられなくてこっちが声を漏らした。ぶん殴られると分かっているので指摘しなかったが、赤瀬の悲鳴がかなり女の子らしかったのもあって。ホラー映画なら主人公を張っている。
家路に就くという染み付いた動作が、考え事をしている私を他所に片側の爪先の向きを変えた。ぐるりと身を翻され、何度開閉したか数えた事も無い玄関ドアが目に飛び込んで来る。鍵を出せと命じられているような不快感を覚えながら、まだ宙に浮いているもう片側の爪先を着地させようと意識を向けた。
玄関ドアが数センチ開いている。
心臓が、熱したフライパンに落とされた生肉みたいに縮んで痛んだ。
間抜けな隣家。
いいや明確に我が家。このドアは確かに今朝この手で施錠した、私
お兄ちゃんが帰って来た?
玄関のドアも閉められない程馬鹿じゃない。
何で開いている事へ納得出来る理由を探してる。
入ってはいけない。離れろ。今すぐコンビニにでも引き返して、帰宅していないか家族へ連絡を取れ。
片側の足が着地する。
即方向転換すべく力を込める。
ブレザーの裾と胃の辺りまで伸ばした髪が、突風を浴びたように揺れた。
突風が吹いて来た方向に目がつられる。
素早くやった
その影に一つ、ぽつりと白い点が現れた。色味がどこか生々しい。大きくなっていく。溺死を逃れようと深海から急浮上する生物のように、隙間を覆うのっぺりとした影をその生々しい白で飲み込みながらぐんぐんと。
体重が消えた。
片足が前へ飛び出し宙を掻いている。
玄関ドアが全開になっていた。
生白いものの中へ引き
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