『H-IIBの祈り・墜落衛星』その③
とりあえず、珠火曰く上の階のお店なんだけど、とのことでエスカレーターへ向かう。
部屋着、というかパジャマというか。とにかく私の部屋着は昔の外着の使い回しで、子供の頃のがそのまま着れるのが悲しいところだ。
いい機会だし新調してみてもいいかも知れない。そうでなくとも、珠火がどんなのを着るのか気になるところだった。
怪獣の着ぐるみとか似合うと思うのだが。私より背が高いとはいえ、いうても小さいし。
エスカレーターの上の段で風に靡く珠火を眺めながら、そういう事を考える。
やっぱり、昔懐かしむ気持ちが強かった。
「あぶないあぶない」
おっと。
前ばかり見ていたせいで、エスカレーターの終点で転びかける。次は気をつけたほうがいいかも知れない。
そこから少し歩いて、目的の店に着いたらしい。
「これはまた、とびきり可愛い系の」
「まあ、こういうの好きだからね。よく来る」
パステル調のピンクとブルーで縁取られたショーウィンドーには、いかにも少女趣味って感じの柔らかそうな、レースのネグリジェ達が気取っていた。
ベビードールかもしれないが、名前しか知らないので区別は付いていない。
店の名前はユニコーンなんとか。どんどん進んでいく珠火を追っかけていたのでちゃんと読めなかったし、ユニコーン部分も雰囲気とイメージキャラクターらしい、ファンシーな色の一角獣から判断しただけだからユニクロかも知れない。
んなアホな。
「ユニコーンユニオンにようこそっ!」
一角獣で合ってたらしい。
優午という名札を付けた、愛想の良い店員のお姉さんに一礼して店内を見渡す。
さっきの店よりはこじんまりとしているというか個人経営っぽいが、詰め込み具合が半端じゃなかった。
十畳くらいのお店に所狭しと商品が並んでいて、すれ違いは出来ないだろう。
扱っているのもスプーンからぬいぐるみ、シール、それこそパジャマ、宇宙戦艦(を模した、バスタブとのこと)までと幅広い。なんなら店先のネグリジェは普通に陳列しているだけみたいだ。
「おっ、新作じゃーん」
手描きの派手なポップが宣伝しているのは、白いワンピース。この時期には少し寒そうだったが、そのポップによると部品で分けて構成されているらしく、長袖にもノースリーブにも対応しているそう。
勿論可愛いのだがシルエットにハッタリが効いていて、かっこいいとも思った。
「これもしかして、手作りか」
「試作品は、はい。流石に量産するときは機械も併用してますが」
独り言のつもりだったのだが、優午さんが回答してくれた。
仕入れもしているそうだが、やっぱり店員さんは店長さんで、ここは趣味のグッズを作って少数販売する店なんだとか。
「音夢、それ気に入ったの」
着てみる? と珠火。
常連なだけあって既に、真鍮っぽい金色の細い買い物カゴは一杯だ。
「いやちょっと、やっぱりこういう可愛い服は私には似合わないって。恥ずかしいし」
さっきはまあ、言ったって普通の服だ。これとは訳が違う。
「わかったよ音夢。さ、試着はこっちこっち」
「大丈夫ですよお客様、皆さんそうおっしゃいますけど、私の設計は完璧なので似合わない人なんていませんって。飢えたグリズリーでもかーいいテディベアにしちょります」
回り込まれた。
その自信はどこに来るのかとか、珠火ちゃん押しが強くなったなとか思いながらまたしても、カーテンの内側に引っ張り込まれる。
中はさっきの店よりも広めで、全面鏡張りである。
「わからないところがあったらお気軽に〜」
遠くなる優午さんの声を聞きながら、されるがまま。珠火は私の服を脱がす。
味を占めた、とはまた違うのだろうけど、私は珠火の玩具として認識されてしまったらしい。
珠火が遊んでくれるならと、受け入れている私にも原因の一端はあるのかもしれないが。
抵抗しないだろうと高を括った珠火ちゃんのムーブは、そのまま姉への期待という形で私に降り注ぐ。
どこか嬉しくて、ニヤけてしまうのも仕方ないと思う。
「はい完成っ! どう音夢、お人形さんみたいで似合ってるよ」
「そうですね。小さくてとってもかわいいです。よくお似合いです! 妹ちゃんですか?」
「実はお姉ちゃん」
これでも姉なんです……。
鏡に映る私は、確かに人形を思わせた。それは恥ずかしさとかで緊張して固まっている手足とか、珠火の着せ替え人形として好き勝手に遊ばれている光景自体によるものだろう。
白いワンピースは展示されているのを見た通りとっても綺麗で、少女趣味全開のこういう服装も、私の形が定まっていくようで。
実際、楽しい。
「こうなってくると髪も拘りたいね」
言うが早いか、適当にとかしてきた髪はリボンやらヘアピンやらで豪勢に飾り付けられる。 こんなにいいのかと尋ねるが、珠火は全部買うつもりらしい。
「優午ちゃん、さっきのネグリジェも合わせてみようよ。私今日は新しいパジャマ買いに来ててさ、お揃いにしたい」
「ふふっ、裏にもっと過激なのありますよ〜。こだわりのすけすけです」
優午さんも試着室に混じってきて、私は一通り遊び倒されるようだ。
何か恐ろしいことが聞こえた気がしたが、私に出来ることは何も無い。
言うが早いか運ばれてきたのはキャスターが付いたハンガーラック。
そこから二、三着見繕って、笑顔と共に両手に抱えて私の身体に合わせてくる。
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