『H-IIBの祈り・墜落衛星』その②
昔は怖気ず色々着てみたものだけれど、今は少し臆病になっているのかもしれない。
少なくとも、小学生の時着ていたような、フリルやリボンが一杯の私は想像出来なかった。
「何色が好きとか、こだわりとか」
色なら、自然っぽい色合いは結構好みである。
アースカラー、と言うのだったか。
今日来てきたこのコートもオリーブ色だ。
他にこだわりがあるとすればサイズだろうか。袖とか裾とかは余裕があったほうが嬉しいかもしれない。
そんなことを考えていると、ハンガーから顔を上げた珠火にカゴを手渡される。
中には当然服が沢山入っていて、それが意味するところはつまり。
「とりあえず全部試着してみようぜ」
いや私は、といいつつも体格差に抗えず店の奥へ連れて行かれる。
試着室の前でコートを脱がされ、私も、もうどうにでもなれの精神でカーテンを閉めた。
勢い任せに服を脱ぎ散らかし、部屋の隅に寄せる。
鏡に写った身体は嫌に白く細く、我ながら照らせば溶けそうだった。勿論吹けば飛ぶだろう
沢山食べているはずなのだけれど。太らない体質とかそういう話ではないと思う。
「さて」
恐る恐るカゴの中身を覗く。
この期に及んでという感じもあるけれど。
「いやまあ。これなら」
スカートなんてのは学生時代以来だが、そんなに派手ではなさそう。とはいえ短めだし、上も肩出てるし胸元見えるしで全体的に不安要素はあるのだが。
ちなみに靴は入ってなかった。
とりあえずシャツを着てみることにする。私の知っているシャツとは大分形が違うが着方は同じだろう。
頭から被って、袖を通そうとしたところで違和感。
なんか穴の位置がおかしい。
「珠火、これどうなってるの」
試着室の外で待ってくれているはずの珠火を呼ぶ。
すぐ気がついたようでカーテンが開く音がして、「どうしたの〜」と安心する声が聞こえた。
「腕っ、出なくて。ていうか着方が分からん」
「ーーオーケー。音夢ちゃんバンザイしましょうね」
「私は子供じゃないしお姉ちゃんなんだけどっ」
とはいえ、視界も布の緑色で覆われているため、従うほかない。
大人しく、気持ち的にも降参するように両手を上げる。
服は手首のところで引っかかっていたみたいで、そこで引っ張られて視界が開けた。
晴れた眼前に広がるのは珠火の胸元で、私はちょうど両腕を握られているらしい。
「あー、肩出しのところと袖間違えたか。まあ、よくあるよくある」
布がこすれる音がして、「これいいはずだよ」と珠火ちゃん。
促され、首と、腕を全部通すと問題なく着れた。
「珠火、着れたっ。ありがと」
「この感じだと後もわかんなそうだね。音夢、足上げて」
声のする足元に目線を向けると珠火ちゃんがスカートを広げていた。
言われるがまま脚を入れる。いわゆる吊りスカートという奴らしく、なるほど私は着方が分からなかった。
それこそ小学校の制服はジャンパースカートだったのだが。それとも違うらしい。
「これでよし」
「ありがと」
がちゃがちゃと金具を動かしていた珠火ちゃんが顔を上げた。
終わったらしいので鏡の方へ振り返ろうとすると、油断していた頭に「忘れてたっ」キャップが被せられる。
少しよろめきつつも、改めて鏡に対面。
「おおぉ……。これはなかなか」
さっきの貧相なお人形とは打って変わって、けっこう可愛くなったんじゃないだろうか。
えっちくなりそうだと思っていたデザインだったけど残念がるべきかそんなこともなく。
こげ茶色のシャツと赤色のスカートで希望通りの自然っぽい感じになってるし、かわいい若葉の刺繍のキャップのお陰で荘厳になりすぎず、私の雰囲気のようなものに馴染んでいる気がする。
青白い寄りの肌も差し色っぽくなって面白かった。
気分も高まってきて、ターンなんかしちゃってみる。
スカートが、溶けるように波打って広がった。
「珠火、この服可愛いね」
これはウチの妹、才能あるのかもしれない。
「……素材が良いからね」
「だよね高そう」
値札を拝見すると意外、そんなに手が出ないというわけではない。
今月は追っかけてる漫画は単行本を出さないみたいだし、珠火に選んでもらったし。
「これ、買っちゃおうかな」
試着していた服をカゴにまとめて、ぱぱっと元の服を着てしまう。
おしゃれへの興味は最近なくしてしまっていたが、可愛い自分というのはテンションが上がるものだ。
良いことにお金を使うという正当性を伴った高揚感すら覚えた。
試着室を出て店を進んでいると、不意に珠火が脚を止める。
ここから少し奥の売りに駆けていって、戻ってきた珠火の両手が私が選んだのの、色違いを掴んでいた。
「じゃあ、私もお揃いにしよっかな」
おそろで街を歩くなんて、なんともデートっぽくないだろうか。いや、珠火はふざけてそう言ってるだけなのだろうが。
私は真面目に、珠火とデートに臨んでいるつもりなのだ。
だから、もし珠火が私と、そういう感じのデートみたいな楽しみを見出してくれるのならとても嬉しいことである。
「すごく、良いと思うよっ」
思わず前のめりになって肯定。
珠火ちゃんはちょっとびっくりしたようだったが、笑顔でカゴに服を入れてくれた。
「それでごめん珠火ちゃん」
「なにかな音夢ちゃん」
流石にちゃん付けは。姉としての威厳が。
いやそうではなく。
「レジってどっちだっけ」
なんとなくで分かると思ったのだけれど。
店の中は結構複雑で、私達が今、どの辺に居るのかも怪しい。
「ちょっと違うけど、大体こっちで合ってるよ。」
言葉通り、ハンガーの前を曲がるとレジが顔を出す。
それほど人は並んでいなくて、二、三分で私達の番が来た。
結局、最後まで珠火に頼りっぱなしで会計を済ませて、店を出る。
蛍光灯に慣れていた目に、太陽の光が少し眩しい。
「あとパジャマ、見に行きたい」
「それは勿論。私もせっかくだし見てみよう、かな」
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