『 Ignight』その②
区画整備が進んでいるとは言え、都会の街というのはどの通りも似たりよったりで区別がつかない。
原色を多用した看板が立ち並ぶ中華街を彷徨していた。無作為に切り取られて細長い夜空は、飾り提灯に隠されている。
イチジクの葉を剥がれた私は、脳の底に感じる薄ら寒さを、両手を組んで凌いでいた。
街頭や街明かりは夜を照らしてはくれるが、星の代わりにはなれないみたいだ。
「ああっ、もう」
誰となく悪態をついて、ぶつぶつと反省会を始めていた。会話の中身や行動を振り返って、それでわからないということだけがわかってがしがしと顎を鳴らす。
言い方だとか口調とか、こういうのは、たいてい私がわからないところに問題があるのだ。
昔からそういうことは多かった。人の輪に入れないし、よしんば入れてもすぐに崩れてしまう。何回も繰り返していれば理解する気も失せる。
人間には強度というものがあって、つまり何でもかんでも受け入れられるわけじゃない。誰も彼も自分のために精一杯だというのなら、それが私だ。
「はぁ……、そうやって」
そうやって。言い聞かせてはいるが、思考はとめどない。ため息とともに、前向きな感情というものが漏れ出していくようだった。
無作為に道を選んで、角を曲がって人を避けて。ろくに前も見ないで進み続ける。
すぐにでもしゃがみ込んでうずくまって、泥だらけの雪だるまみたいに溶けて消えてしまいたいが、まだ歩いているという事実で正気を保っていたかった。
そこで諦観して脚を止めれるほど諦めが良いわけではなかったし、俗に言う最適解と呼ばれる行動を取れるほど強くもない。
なにかしなければならぬという焦燥と、幽門の底からせぐりあげるような閉塞感を誤魔化さなくてはどうにかなってしまう。
歩き続けているのは、ひとえに私が生き物で、そして弱いからなのである。
「つかれた」
そう嘯いてはみるが、現実問題として今すぐにでも泥になってしまいたい気分だ。
寒いし、充電は残っているだろうかと携帯電話を取り出す。
取り出したかったのだがバックの中は不自然に隙間があって、どこかで落としてしまったらしい。さっきの公園で転んだときだろうか。
ついでに財布も無いので、今夜は本当にどうすればいいのだろうか。
「どうすればいいのだろうか」
口にしたとて、状況は改善しようもない。
肩を落として脚を踏み出す。
「うわっ」
不幸なことは続くもので、重たい一歩が踏んだ先には小石が転がっていた。
突然のことで対応できずバランスを崩して、後方へ転倒してしまう。
慌てて両手を前に出し立て直そうとするが無理で、駄目そうだなと痛みを覚悟したがしかし。
「全く.....、血は争えないね。ほんとに」
予想に反して、ふかふかした柔らかい感触に背中が触れた。
数瞬経って倒れた時に人の声がしたことに気がついて、慌てて何歩か進んで振り返る。
「ごめんなさいっ。えっと、ほんとごめんなさい」
私を支えてくれたのは金色のふわふわしたショートヘアをした美人さんで、なぜだかサンタクロースの衣装のような、紅白のケープを着ている。
さっき感じたふかふかはそれかもしれない。
「良いって。こういう時はありがとうでいいよ」
優しい人だ。
人を第一印象で判断するのは、少しあれだけれど。
「さて本題に入ろう。前に一度会ったよね。私は君の姉、音夢のお友達です。音夢ちゃんに頼まれて、妹さんを探しに来ましたっ」
パンケーキって呼んでね、とのことで。
服装のせいですぐに思い出せなかったが、いつかの休日でお姉とパスタを食べていた人だ。
変わったあだ名だなぁなどと考えていると震える諸手の悴んだ指先を握られる。
作り物のように綺麗な肌は見た目に感じるよりも暖かく、爽やかなみかんの香りもあって安心できる雰囲気をまとっていた。
どうしてか、すこしどきっとしてしまう。
ともかく、ともかくだ。
お姉の名前を出されてはのほほんとはしてられない。
「お姉……音夢は、怒ってますよね。酷いこと言って」
いやむしろ八つ当たりか。
結果的に助けられたわけだから最善手だったのかもしれないが、お姉に私を探し回らせて、友達まで動員させて。衝動的に多方面に迷惑を掛けてしまったという自覚にいたたまれなくなる。
パンケーキ――パンケーキさんはしばし逡巡したのち、口を開いた。
「そうだね、うん。怒っているというより、悲しそうだったけれど」
でも、一番は心配してたよと、パンケーキさんは呟いて携帯電話を鳴らす。液晶を覗くと相手はお姉で、私を見つけたと連絡するつもりらしい。
それに気がついて、お話してくるねと路地裏一本ちょこんとそれる。
距離と喧騒の問題でくぐもってしか聞こえないが、電話は繋がったらしい。
頑張れば聞き取れるかもしれないが人の電話を盗み聞きする趣味はない。
お姉も、他所向きの声色を聞かれるのは嫌がるだろう。
「はぁ」
人の声を感じて、一気に力が抜ける。振り返ってそこそこ綺麗な壁だと確認して、背中を預けた。
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