『完全防水のモルグ』その②
ソファの前のサイドテーブルにそれを置いて、私もソファに座る。
「そういえばお姉、髪かわいいじゃん。どうしたの?」
一段落して、今更ながらお姉の変化に気がついた。
いつもはほったらかしだった長髪が、高めの位置でゆるく結ばれて二つ。
懐かしいツインテール姿だった。
「件の、お店の店長に。えと、やってもらった」
顔も名前も知らないが店長さんはなかなかハイセンスだと思う。
ゲーム機を起動する。
この携帯ゲーム機は昔お姉に買ってもらったもので、通信ケーブルでお姉のに接続できるのだ。
普段はスキップしてしまう起動ムービーだけれど、懐かしさが勝って眺めてしまう。
それなりに昔のものだから、自分のものとは言えアイテムなんかもどこにあるのかわからなかった。
真面目な対戦というわけでも無いのだしと、十五分くらいで適当に強そうなパーティーを組んで、お姉を待つ。
「しっかし、小さいな」
未だお姉を見下ろすこの視点には慣れない。
変わらない背丈と、手元の動きに合わせて揺れる髪を眺めていると昔に戻ったような気さえしてくる。
実際そういうつもりで誘ったわけだけれども。
昔のことと言っても、何十年とかの単位ではない。私からすればほんの10年前のことで、当然それはお姉も同じだ。
だけれどもお姉から漂う寂寞のようなものは、おそらくだけれどその十年が、私の感覚よりも遥かに重しになっていることを感じさせた。
私は、お姉が何を思って私の前から居なくなったのか、知らなくてはならないのかもしれない。
もちろん知ったからといってすぐ納得できるものでもないだろうが。
せめて、お姉の言葉で。
しばししてお姉の準備も終わったようで、少し早めに対戦開始。
「……」
一戦目、技が全然当たらなくて負け。
二戦目、お姉のモンスターが回復しまくって、倒せなくて負け
三戦目、普通に高火力で制圧されて負け。
「あはは、お姉つよっ」
「珠火が、楽しいならよかった」
一時間もせずにサクッと三連敗。
少なからず負けて悔しいはずなのだけれど、それよりお姉と遊べて楽しいという方が勝る。
負けて嬉しいとかそういうわけではない。
あくまでほぼ対等なはずの私とお姉の間において、なぜか私だけがボコボコにされている現状が面白いというだけ、のはずだ。
さて、どうだろうか。
そろそろ話を切り出すべきか。
「あのさ、お姉。ちょっと話したいことがあって」
ゲーム機を置いて、向き直る。
「なにかな」
お姉がきょとんとした顔でこちらを見返す。
深く息を捨てて、強張りそうな口を開いた。
「ちゃんと、ちゃんと話そうぜ。……文化祭のこと」
鍵を放った。
その純粋な目を濁したくないとは思いつつも、私は恐らくとうに腐敗した過去に踏み込む。
当時のお姉は今の半引きこもりとは対照的に気が強く、かけっこをすれば一着を取り、試験を受ければ満点を掲げて自慢してくれた。
私はその笑顔が大好きで、敢闘賞のシールや赤ペンだらけの答案用紙を打ち捨てて姉の後ろをついて回る日々も大好きだった。
その日は文化祭の最終日で、お姉のクラスはステージ演目の大トリで、演劇。
主演は勿論お姉である。
光の中へ向かうお姉を見送る私が座るのは、体育館の二階。
放送室の特等席。
体育館のステージに組み上げられた鉄骨の足場の上で、お姉は静かに本番の幕開けを待つ。
足場は塔を模したもので、円筒形の柵の切れ目から渡り廊下が伸びていて、ここまで繋がって楽屋に行けるようにしていた。
「よっしゃ見てろたまひー、最優秀賞は私達のものだ」
階段になっている場所に座って休憩していたお姉が私に語りかける。
珠火の読み方を変えてたまひー、可愛らしくて好きなあだ名だ。
さっき楽屋に顔を出した時の、まるで無敵に見えるお姉を反芻して、浮足立って熱望すること数分。
「携帯電話の電源を切ってください。前の席を蹴らないでください。鉄砲と弾丸をここへ置いてください」
パイプ椅子に座って固唾をのむ私の横で、学級委員の竜子ちゃんがアナウンスした。
ところで最後のはなんだ。
「えーみなさん、長らくお待たせしました。六年一組演劇、『双子集積説』お楽しみください!」
劇場特有のブザー音が体育館にこだまして、開演。
「BGM、流しますね」
委員長に代わって私がデスクアンプの前に座って、再生のボタンを押した。
幕が放たれる。
自信に満ちた歩みで足場を進んで歌い始める。
体育館に響くお姉の独唱は綺麗で、白昼夢でも見ているかのようである。
「委員長、上手くいきそうだね。ステージ」
「そうだなっ、音夢先輩には本当に感謝だよ」
お姉の事は信頼していたし、失敗なんてしないと思っていたけれどやはり本番というのは緊張するし、身構えてしまう。
それでもこうして始まって、上手く行っていれば自然。
肩の力も抜けるというものだ。
深呼吸と伸びをして、音が響かないようそぉっと立ち上がる。ついでに他の子たちにそろそろ出番だと伝えて、私はカーテンの縁に近づきひっそりとお姉を鑑賞しに行った。
「っわ、綺麗」
二人で作ったレースの衣装を纏ったお姉に、スポットライトの光が注いで。
きらきらと瞬いていた。
一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らす。
異変に気がついたのは、その時だった。
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