『Not ice me』その④

「こいつらはフラミンゴ? じゃないよね顔違うし」

「トキの仲間だってさ。赤くなる理由は同じっぽいけど。餌の色素」

 特に止まり木にいるやつは片足立ちで、ことさらフラミンゴ感が強かった。

 反対側のゲージにはサギが乱立している。やっつけみたいな数と配置で、寒いからかみんな嘴を羽に突っ込んで寝ていた。

 土曜日の午後だしね。

 ホットドックはトマト系のトッピングで、給食みたいな味がして美味しかった。

「ソフトクリームのコーン、食べないの?」

「まあ、味そんなに無いし」

 食べるときもあるけど。

「じゃあもらっても。えっとなんだけっけ。がっつくようで悪いんだがーー」

「ごめん急に食べる気分になたっ」

 慌てて潰してしまったコーンから、溶け始めたアイスが溢れ出す。それをまるごと口に含んで、飲み込んだ。

「うへ」

 喉に刺さって普通に痛い。

 十五分くらい鳥たちを観察して、好き放題感想を述べて「そろそろ次見に行ってみようか」というお言葉を受けて移動。食べ物たちの包み紙は売店に戻って捨てた。

 掲示板が並ぶ通路を進む。その坂を下っていくと、次に見えるのはレッサーパンダ舎だ。

 人がわらわらと群がっているのを見るに、どうやら時間に間に合ったらしい。この園のレッサーパンダ、ラージャは人気者だけど、普段はほぼ昼寝しているからそんなに人が集まらないのだ。

「珠火ちゃん、い、急いで。見逃したら多分後悔、する」

「ちょ、お姉?」

 坂道を、走らないようにでも急いで下りきって、確認する。

「始まったよっ」

「何、がっ?」

 レッサーの遊び場であるアスレチックの、その奥にある扉が開いて、飼育員の背が低いお姉さんが出てきた。

「みなさんお待たせしました、ラージャちゃんのごはんタイムです」 

 左手には切ったりんごを入れた小包を持っていて、それを認めたラージャが大義そうに立ち上がって素早く駆け寄る。

 君沢と名乗った飼育員はラージャを軽く撫でると、少し離れたところにりんごを置いた。

 飼育員がレッサーパンダについて語っているのをよそにラージャは器用に左手でりんごをつかんで、もぐもぐ食べ始めた。

 向こうも慣れているのかこちらに顔を向けてくれて、時折「あげないよ」とばかりに視線を配る。

「お姉お姉、レッサーこっち見たっ」

 子供みたいにはしゃぐ珠火ちゃんの笑顔が見れて、時間を確認してよかったと強く思う。

 


 風が少し強くなってきて、暖冬とはいえ寒かったので爬虫類館で暖を取ろうということになった。

 彼らのことは昔から好きで、最近孵化したという亀の子供などはいつまでも見ていられる気がした。

 珠火ちゃんに、言いたいことがあって。その珠火ちゃんは、眼の前に居て。

 だったら、やることは一つじゃないか。

「珠火ちゃん。今から、まじめなこと言います」

「はい、なんでしょう」

 ホウシャガメの甲羅から目を離して、戸惑いがちにこちらを見返す珠火ちゃんを見上げる。

 両手を握って脇を締めて、ぞいっと身を乗り出す。

「ぅわ、わぁうかっ」

 震える唇を抑え込んで、そしたら唸るような声が出た。

 舌を噛んでしまったらしく、鈍痛と違和感が口の中を満たす。

 咳き込む口を抑えた右袖が、ほんのりと。

 鈍い赤色に染まっていた。

「これ、血ーー」

 慣れてきたつもりだったけど、自分の血で、しかも吐いたやつというのはまだ身体が拒絶してしまう。

 とっさに左手でそれを覆い隠して、壁に持たれて深く呼吸をする。

「どうしたのさ。その」

 血を吐いてるけど、と続けようとしたであろう口を紡いだ。せめて意識させまいという気遣いだろうか。

 もしそうなら、少しうれしい。

「なんでもない。緊張、しちゃってさ。ベロ噛んじゃった。それで言いたいことっていうのは珠火ちゃんのことでっ」

 私が伝えたいことは、感謝。こんな私と一緒に居てくれて、私の妹で居てくれることの感謝だ。

 それで、感謝の言葉はーー

 促されるままもう一度深く息を吸い込み、叫ぶ。

「ありがとうっ」

 自分でも意外なくらい、大きな声が出る。

 その後に続くはずだった細々した色々なことが、頭の中でぐちゃぐちゃになってしまった。

「それでっ、それで……」

「落ち着いて。また噛んじゃうよ」

 前のめりになって、珠火ちゃんに詰め寄っていた私の肩を優しく叩く。

 それは、くるくる回転していた私の思考を落ち着かせてくれた。

 私の中で渦巻く感謝憧憬羨望劣情信頼嫉妬尊敬トラウマ自責自尊心後悔理不尽渇望罪悪感劣等感愛情空疎悪意その全てを吐き出しても、珠火ちゃんにその思いは伝わらない。私もその心の黒い部分を直視することに、耐えられない。

 私の弱さや歪さの象徴とも言えるその感情たちを、私は酷く憎悪していた。

「ええと、少し歩こうっ。ちょっと上手く言葉が、出てこなくて。だからっ! 歩いて、整理したくて」

 生の感情を押し付けて、嫌われたくなくて。

 衝動を押し殺して私は、半ば無意識に珠火ちゃんの手を取った。

「んっ、むぅ」

 背が足りないせいでしっかりと握れたわけではなく指先を引っ掛けるような形となる。

 少し、運動してみたり。牛乳を飲んでみたり。

 そういったまともな方法ではこの差は縮まらないらしい。

 もちもちした白パンのような肌に触れてみたいとか、恋人みたいなことをしてみたいとか。そういうんじゃなくて。

 連れ回す側だったかつての私の、模倣。

 ちょっと情けないけどね。

「ちょっとこれ、恥ずかしいかな」

 少し頬を赤らめながらもじもじしている。血の巡りが良くなって、指先もぽかぽかだ。

「あっ、ごめん。昔のこと思い出しちゃって、それで。」

「いや、いいんだけどね。うん」

 やっぱり焦りすぎたかなと思って離そうとした手を、珠火ちゃんが握り返してくれる。

 歩こっか、と平気そうな素振りで提案してきて、私はそれに答えて前へ進む。

 まさしく、私を肯定してくれる抱擁だった。

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