『処方箋キッチン』その④

「それで音夢ちゃんさ、今週末は暇?」

「デートなら行きませんよ」

 暇ではあった。それこそ仕事は片付けたわけだし。

 だが予定をいれるというならば、珠火を優先したかった。

 誘う勇気があるのかとかそういう事は考慮しないものとする。私がかっこよく珠火をリードし、珠火は私に惚れ直す。何ならディープなキスも決める。

 なんの矛盾があろうか。

「いやいやそうじゃなくて。連れないなぁ」

 大げさに肩をすくめて見せる。純情派を気取っているが初回のデートでホテルに連れ込まれたし、そもそも待ち合わせに三十分ほど遅刻したのは忘れないからな。

「盃ちゃんとジェシカちゃん達が都会の方でクリスマスに合わせてイベントやるんだよ。もしよかったら招待しようかと」

 言ってよかったよね、と事後報告。

「まあ一般告知も始まってますし、別に隠していた訳じゃなくて、言いふらすもんでもないなと思っていただけなのでそれは大丈夫です」

 ふざけた服装もそうだが、やつれていたのはその準備が忙しかったからだろう。

 『今日は楽しいクリスマスパーティー』という名前で、盃さんが主催するサークルで毎年やっているそう。

 今年で三回目になるらしい。

 シルクワームちゃんもメンバーで曰く、作品展示と本部のお手伝いとのこと。

「こう見えても六波羅大で日本画をやってまして……作ったの彫刻ですけど」

 お店に飾ってある絵の作者がシルクワームちゃんだというのはよくパンケーキが自慢するので知っていたが、改めて色々作れるのはすごいなと思う。

「さて音夢ちゃん、話を戻そう。私がスポンサー特権で手に入れたのは二人まで無料で入れるユートピアチケットだ。これを君にあげるわけで、あとはわかるね?」

 ムカつくピースサインをするパンケーキの傍ら、盃さんにパンフレットを渡される。

 悔しいが意図は分かったし、カンフル剤が必要だったことも事実だ。

 つまりはイチャイチャするきっかけを作ってやるから惚気話を聞かせろということである。

「ホテル、いやキス……せめてハグだけでもやって見せるさ。頑張ってみる」

 照れ隠しも迷いも捨てられれば、こういうのは後は勇気だけだ。

 何をすればいいのかわかると途端に心に余裕が出来る。家に帰ったら珠火をデートに誘い、デートに行き、いいムードになったらハグをする。

 完璧な作戦である。

 そろそろいい感じに冷めてきただろうと、例のイタリアントーストの皿に向き合う。

 カチカチに固まった黒焼を切り分けると、どろっとして、ぐつぐつ煮えた中身が溢れ出した。

 結構粘度が高く面倒くさそうである。

「まあまあ。食べてみたほうが楽しいよ」

 無言で俯いてしまった私に、パンケーキがそう語った。

 えいっと思い切ってフォークを口に運び、咀嚼。

 冷えた口の中に温かい飲み物が入ってきて、なんというか歯の浮くような感覚になる。歯茎が膨らんで、根本が落ち着かないかんじだ。

「熱っ甘っ」

 中までは熱が逃げ切らなかったらしく、油断していた舌を火傷したらしい。

 冷まして、おっかなびっくり食べても強烈な甘みと一緒に苦みが口内を襲う。

 塩分が欲しくなるので、結果的にパクチーを添えたのは間違いではないのかもしれない。

「どうかな? 美味しい?」

 ちゃんと味わえたわけではないのだが、この料理の、十分の一くらいは理解できたと思う。 「強烈に固くて強烈に甘くて強烈に熱い」

「今は、その認識でいいのと思うわ」

 パンケーキが含みをもたせて呟く。

 彼女なりの、不器用な愛情表現だったりするのだろうか。

 そうであるにしても一気に食べきるのは難しい。ちょっとづつ崩していく事にして、クリスマスパーティーのパンフレットを拝読する。

 会場は港町にある広めの、遊具がないタイプの公園で、ここから電車で三十分しないくらいの距離だ。

 展示物は結構多岐に渡るらしい。目玉になるのはイルミネーション。プロジェクションマッピングがどうこう、ホログラムがどうこうというテクノロジーなやつだ。

 その他塑像、彫刻、絵画などなどいわゆる美術と聞いて連想する作品系の展示。

「これ、野外っぽいですがどうするんです」

 ぱくっ。

「一応大型テントがあるのと、こういう作品を見せたいというよりはクローン技術の宣伝がメインで」

 盃さん曰く、生き物を増やす方じゃあなくて、美術品の完全なコピーを作る技術らしい。

 ロストテクノロジーだったのを復元しましたと、さらっとすごそうなことを零す。

「まあ、詳細はお楽しみというか。まだ全然完成してないというか。ステージも手配していて」

「私は一応ギター出来るからね。あとボーカル」

 パンケーキが話を遮る。昔バンドやっていたというのは少し聞いたことがあった。

「あと、これはまだスケジュール相談中ですが。御当地ヒーローのウェザーマン、知ってます? 彼も呼べたらなとか。とにかく、楽しいイベンドになればいいなと思ってます。」

 綺麗な祈りの言葉だなと、少し感激。

 ぱくぱく。

 私はそこまで、純粋に人の幸せを願えないかもしれない。

 少しぼぉっとしていると、パンケーキに髪をいじられてツインテールにされていた。小学生の頃はよく結んでいたが、今は少し恥ずかしい。

「よく似合ってるよ。かわいい」

「そういう事を息を吸うようにいうところは嫌い」

 ぱくり。

 嫌いというよりも、苦手という方が適切かもしれないが。

 別に嫌がらせとかいたずらとかそういう意図もないらしく、そうなるとそのまま。

 首の後ろが涼しいなどの若干の違和感を覚えつつも解くに解けない。

 気がついたら残り一切れになっていたイタリアントーストくんを頬張る。

「ごちそうさまでした」

 両手を合わせて一礼し、席を立つ。 そういえばいただきますの方はいい忘れていたかもしれない。

「それじゃ盃さんとシルクワームちゃん、ついでにパンケーキ。また来るね」

「音夢さん、お粗末様でしたっ」

 ドアを開けて出ようとしたところで、駆け寄ってきたシルクワームちゃんに腕を掴まれて止められる。

「これ、渡すようにって」

 手渡されたのはちょうどケーキが入るくらいの大きさの、かわいい紙箱。

「中身は」

「上手くいった方のパンケーキです。冷めても美味しいですが、ちょっと温めるのもおすすめ」

 人のことを言えない自覚はあるが、大概パンケーキも素直じゃない。

 ありがとう、と告げて店を出る。

 街頭の間隙から、流れ星の瞬きが幽かにきらめいた。

 あんの、ツンデレでかレモンめ。

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