13話 原罪

 翌日、期限は今日まで。すぐに回収をしなければ暴走の可能性があるエンティア7000号のニーナ。今日はこの1件に集中するためにほかのタスクは一切入れていない。11時に加賀の自宅に訪問して回収、そして色々話を聞くにあたっての準備もしてきた段階だ。


 今朝出社したとき一ノ瀬と一色の姿がなかった。体調不良で欠勤ということで朝礼の際に体調管理各々気を付けてほしいということが奥村から共有があった。飯田は特に何かを言ってくることもなく、そのまま僕たちは回収業務へと繰り出した。


「いいですか? では計画通りに。進行は葵君が主体でお願いします。私は、外で待機しているので」

「わかりました」


 これが初めての、僕メインでの回収業務と交渉になる。この交渉の結果次第で加賀とニーナの最期がどうなるかが決まるだろう。納得のいく、最高の別れができるように、僕は今日ネクタイを巻いたのだ。それだけのためにだ。


 こんな割の悪い仕事、他にないだろう。



「ああ、あんたたちかい。もう、11時なんだね」


 自宅にまで訪問してチャイムを鳴らしたところ、すぐに加賀は姿を出した。明らかに元気のない、生気に欠いた目で僕は生唾を飲み込む。あれから1日経ってニーナは起きているころだ。この様子なら暴走して大変なことになっている心配もなさそうで安心する。


「今日は、1人かい」

「いえ、車で待機してます。とりあえずお話をと思って」

「ああ、そうかい。まぁ中に入りな」


 初日とは比べ物にならないほどにすんなりと入れてくれた加賀。中に入ると、さっそくニーナが廊下から駆けて出迎えてくれる。


「ニーナちゃん、元気だった?」

「うん! 今日はすごい朝から調子いいの。いっぱい寝たからだと思う!」


 なんの不安も迷いもない青い瞳の中に僕の影が映る。ニーナは満面の笑みで笑う、彼女の中の瞳にいる僕は果たして笑えているのだろうか。そんな考えが一瞬頭をよぎったが、すぐに払しょくしてこう告げる。


「今日はおばあちゃんと僕とニーナちゃんの3人でお話があるんだ。居間に来てくれるかな?」

「いいよー? いいよね、おばあちゃん」

「ああ、いいとも。さぁ、お茶でも持ってくるから待ってなさい」

「ありがとうございます」




「それでは、お話なのですが」

「回収だね、わかってる。昨日のことがあったんじゃもう白を切るわけにはいかない」

「ニーナちゃん、回収ってわかる?」


 ニーナに聞くと、彼女は「なんとなく」とだけ答える。エンティアの性質上、5年後に回収がされるという認識はどの年齢設定でもちゃんと把握できるようになっている。悲しそうな目でお茶を口に運ぶニーナだったが、加賀はこう彼女に切り出す。


「心配ないさ、また次の新しい家族がニーナを迎えてくれる。こんな古臭い建物で老いぼれと暮らす毎日なんかよりも、よっぽど楽しいはずだよ」

「別に、ニーナはおばあちゃんと一緒だったらいいよ。ほかの家族の所に行くなんて嫌だよ」


 元気だったニーナからは考えられないほどに萎れた様子でそう話す。加賀もニーナの言葉が受け止めきれないのか、歯がゆい表情を浮かべていた。

 話を切り出すならここだと、僕は口を開いた。


「加賀さん、ニーナちゃんを返却せずにいたご理由、お聞きしてもいいですか?」

「はぁ? 何言ってるんだい。今こうしてお返しするって言ってるじゃないか」

「理由が知りたいんです。ここまで回収を拒んでいた理由を」

「そんなことあんたちには関係ないよ」

「関係ないことありません。僕は、僕たちは加賀さんに正しいお別れをしてほしくてここにきているんですから」

「いい加減なこと言うんじゃないよ!! 数日前はいきなり顔出してニーナを返せと言ってきておいて、返すとなった今度はなんで返さなかったかの尋問かい・・・! お前たちは、エンティはどれだけあたしの怒りを買えば気が済むんだい!?」


 怒りのあまり下ろしていた腰を上げて怒鳴る加賀。僕は黙ってそれを正座したまま甘んじて受け止める。ニーナも立ち上がり、怒る加賀に向かってこう言った。


「どうしたのおばあちゃん、今日変だよ」

「・・・悪かった、大きな声を上げて。葵さんって言ったよね」

「はい」

「理由に関しては言えない。言うつもりも義理もないよ、昨日少しだけ話したからってあんたを信用したわけじゃないから。言ったってどうせ、ニーナはもういなくなるんだ。だったら言っても言わなくても同じじゃないか!」

「萩野春香さんに、関係しているんじゃないんですか?」

「な・・・!? あ、あんた、春香を何で知って・・・」

「すみません、先日仏壇のある部屋を見てしまって。調べさせてもらいました」


 僕は加賀の怒りを買わない様にだけ気を付けて淡々と告げる。怒っていた加賀の表情は一気に冷静になり、再び座り込む。


「ニーナ、昼ごはんの支度をしておいてくれないか」

「え? いいけど」

「悪いね・・・」


 そう言って加賀はニーナを別室に誘導させた。

 聞かれたくない話をしてくれると、この時確信が持てた。


「調べたって、なんで」

「加賀さんのためと思ったからです」

「なんで・・・まぁでも、知られちゃったんなら仕方ないね」

「その前に、お逢いしていただきたい方がいます」

「なんだって?」


 僕はスマホで水月の元へ連絡を取る。ある人物と待機している水月に入ってくるようにと指示を出して、玄関の音がなる。そして2人分の足音が響き、ふすまが開けられる。


「久しぶり、お母さん」


 入ってきたのは短髪でカールの入ったきれいな女性だ。そしてその横には水月がいた。


「美緒・・・? 美緒なのかい・・・? どうして、こんなところに」

「水月さんたちが私の所に来てくれたの。お母さんに、逢ってくれないかって」


 時は12時間前に戻る。






「なんですか、こんな夜中に」

「すみません・・・! 僕たちテックレントの葵と水月と言いまして、萩野美緒さんにお話が合ってこさせていただいたんですが・・・」

「またにしてもらっていいですか? こんな夜に尋ねてくるなんて失礼ですよ。では」


 僕たちは、飯田が手に入れてくれた情報にあった加賀の娘である萩野美緒の住所に車で直行していた。ただ着いた頃はすでに11時前で、出てきた美緒らしい人物もパジャマ姿で床についていた。

 美緒は断りを入れて玄関の扉を閉めようとしたとき、水月がこう叫ぶ。


「加賀さんの、あなたのお母様の件でお話があるんです!」

「え? お母さんの・・・? もしかして、お母さんに何かあったんですか?!」


 急に慌てた様子でそう言う美緒、その言動からして僕と水月の見立ては合っていたようだった。


 家に招かれてリビングのテーブルに誘導される。温かいお茶を僕と水月の分を渡されて僕は飲み干してしまった。会えるかどうかの状況だったので、気が気じゃなく動転していたあまり、水分を取っていなかったようだ。


 そして水月が基本的に加賀についてのこと、ニーナの事、仏壇の事、なぜここに来たのかも一部をつたえる。美緒は何かを考えるかのように腕組をしてじっとテーブルを見つめ続ける。水月は立て続けにこう質問する。


「加賀さんは何かを考えて回収期限を延ばそうとしていました。何かあるんじゃないかと思って、心当たりはありませんか」

「心当たりは、ないですけど。ただ、春香の代わりにニーナっていうエンティアを契約していたっていうことなんですよね?」

「そうなんだと思います。実際春香さんにすごく似てますし、酷なことをお聞きすると思いますが、春香さんはなぜ亡くなられたのですか?」


 水月はそう思い切った質問を投げかけた。最初こそ渋い顔をしていた美緒だったが、勇気を出してこう告げる。


「交通事故です。トラックのわき見運転で、その時は母も同行していて信号無視をしてきたトラック運転手に娘共に轢かれました」


 これはある程度予想していた。萩野春香でネット検索したところ、10年前に美緒の家の近くで死亡事故が起きていた。春香という少女は強く全身を叩きつけられてその場で死亡が確認された。加賀に関しては病院に運ばれて命を取り留めたと。当時大々的に取り出されたその記事の内容は僕は覚えていなかったが、水月のほうは覚えていた。


「そのことをずっと気にしているんだと思います。自分が孫を殺してしまったんだと」

「ですが、春香さんはトラックに撥ねられてお亡くなりになったんですよね? 加賀さんが殺したっていうのは・・・」

「母が春香を守ろうとして、春香を手繰り寄せたところに丁度トラックのタイヤが春香の頭に当たったんです。不運が重なった不幸な事故でした。仕方ないです、しょうがないんです。でも、母は自分が殺したんだと言って、入院中ずっと責め続けていました。それから3カ月程度、退院することになったので母を迎えに行ったところですでに母は病院を去っていまして。それから母とは音信不通になってしまいました」


 壮絶な真実に僕も水月も言葉を出せずにいた。ただ水月は「ありがとうございます」と言ってこう続ける。


「酷なお話をさせてしまって申し訳ありません。春香さんは、残念でした」

「ええ、ありがとうございます。このことは上で寝てる、そのあとに生まれた子供にも言ってます。お姉ちゃんの存在があったんだって、だから・・・お母さんには、こんな形で再会することになるなんて・・・・・・・」


 我慢していたのであろう涙が決壊して美緒の目からは涙がこぼれる。

 辛い気持ちなのは痛いほどわかる。だが、僕たちにとってはここからが本番なのだ。僕と水月は2人で目配せをして合図をして、本題に映った。


「美緒さん、本日は、別のお願いがあってきました」


 僕はそう彼女に切り出した。

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