12話 衝突

「お前らマジで、このことがバレても俺は知らねぇからな・・・」

「先輩ビビりすぎですって、バレたらバレたで一緒に刑務所行きましょう」

「そんな物騒なこと言うなよ・・・」


 20時。僕と水月、一色と飯田の4人は飯田の部屋に集まってハッキングという大それたことをしていた。ほしい情報は情報保護のためエンティ側でロックが掛けられている加賀の家族情報、そして萩野 春香にまつわる情報だ。


「あれー、みんなに結局ハッキングしてたことバレたの?」

「うるせぇ! 一ノ瀬は黙ってろ・・・! 今集中してんだ」


 そして2段ベッドの上からそう話す一ノ瀬、彼もまた飯田とルームシェアをしていた1人で、自宅でハッキングをしているのを彼は黙認していたらしい。なので彼がここにいても一応問題はないのだが、彼の性格上何かしらを言って煽ってくるのが飯田は鬱陶しいみたいだ。


「何かできることはありますか?」

 水月が一色と飯田にそう質問する。


「今はないですかねぇ。先輩はハッキング中かなり集中するんで静かにしてもらえば」

「そこのベッドの上から煽りやがるアホを引きずり降ろしてくれればそれでいいぞ」


 そしてそれから30分ほどで飯田はハッキングに成功した。汗だくの彼に一色はタオルを支給すると、彼は乱暴にそれを奪い取り額の汗をぬぐう。

 印刷機から出るハッキングした情報資料を飯田から渡されて、僕と水月はそれに目を落とす。


「これがディネットにあった情報だ。まったく、これきりにしろよ」

「ありがとうございます・・・。水月先輩、これでなんとかなるかもしれません」

「そうですね・・・。とりあえずここの住所に今から行ってみましょう」

「今から?!」


 水月の言葉に一色が驚いて声を上げる。


「もう21時ですよ!? 今から行ってもさすがに迷惑じゃないですか・・・?」

 一色の言葉に僕は水月の代わりに言葉を付けた。


「実は期限が明日までになりまして、暴走の兆候もある個体なんです。明日に行ってもし不在だったら、この情報もただの紙切れですから。もちろん、サビ残にはしますけど」

「いやいや、そういう問題じゃないでしょ」

 と、そこでベッドから一ノ瀬が顔だけ出しながら提言する。


「今から行って、この住所をどこで聞いたのかって聞かれでもしたらそれこそどうするわけ? システムにハッキングして調べましたなんて、言うわけじゃないよね? それに君たち2人がしてる行為は明らかに業務の範囲を逸脱してる。暴走の兆候って、そんなの出た時点で即効強制回収でしょ。何考えてたらそんなこと―」

「おい一ノ瀬。言いすぎだ」


 飯田が汗を拭き終わったタオルを器用に一ノ瀬に投げつけてそう言う。一ノ瀬は反省した素振りことあれど、謝罪などすることはなく「事実だし」とだけ言ってベッドの奥に潜り込んでしまった。


「言い方はあれですけど、一ノ瀬さんが言ってることも最もです。水月先輩、どうするつもりですか?」

「・・・」


 水月は一色の言葉に何も言い返せずただ黙ってしまう。一ノ瀬が言っていることは確かに正しい。今からしようとしていることは完全に僕たちのエゴなのだから。でも、そうと分かっていても、僕は契約者のため、エンティアの為の仕事がしたい。そう思うのだ。だから僕はこう進言した。


「一ノ瀬先輩の言い分は正しいです。それにバレてしまったらそれこそ責任問題になります。ただ、納得のいかない、契約者の望まない仕事は僕はしたくありません。最悪の事態になった場合、僕がすべてやったことにしてもらって構いません」

「いや、ちょ・・・はぁ? マジでわけわかんないって。葵君ってそんなに短絡的だったの?」


 またも一ノ瀬が顔だけ出してそう指摘してくる。


「はい、僕はいつだって短絡的で愚かで馬鹿な人間ですよ・・・! 僕は当初、エンティの営業課に配属になる予定でした。ただ色々あってこのテックレントの子会社に飛ばされて正直腐ってました。だけど、水月先輩と組ませてもらったこの数日で、僕の意識はガラッと変わりました。回収課の存在意義、回収課なんて契約者とエンティアの間を引き裂く、憎まれるだけの仕事だと思ってました。でも、それだけじゃないって今は思えるんです。引き裂くことだけがこの仕事にある意味じゃない。契約者とエンティアの間を取り持って、出逢えてよかったと、そう思える最期を迎えさせてあげることがこの仕事の本質なんじゃないかって思うんです」

「何言ってんのさ・・・」


 一ノ瀬は頭に来てしまったのか、ベッドから階段も使わずに勢いよく降りてきて、そのままの足で僕の胸ぐらをつかむ。飯田含めて一ノ瀬を止めようとするが、僕は甘んじてそれを引き受けた。


「いいか新人よく聞けよ・・・! そんな幻想この仕事では捨てきれないと、自分自身が身を滅ぼすことになるんだぞ・・・! そんな契約者のためだエンティアのためだなんて言ってこの仕事は務まらない!! 血も涙もない仕事なんだ!! なんでかわかるか? そうしないと周りの人間に危害が及ぶからだよ! なんでそれをわかってないお前らが飯田さんまで使ってこんなことしてんだよ。キモイんだようぜぇんだよ!!」

「ちょ、一ノ瀬さん落ち着いてくださいよ・・・!」

「入って3カ月しか経ってない素人は黙ってろ!!」

「は・・・はぁ?! 言っときますけど社会人経験で言えば私のほうが上なんですけど!! 業界経歴が長いからって何様なんですか!?」


 と、いつの間にか火種が一色のほうに向かってしまい、僕に集まっていた攻撃の火ぶたは一ノ瀬と一色のものになってしまった。水月もどうすればいいのかわからないのか蚊帳の外でおどおどしてしまっている。飯田に関してはまだ何も言うことなく座り込んでいるだけだった。


 問答は続く。

「前から思ってましたけど、一ノ瀬さんって仕事に対して思いやりとかやりがいとか、努力とか感じませんよね。成績も全部飯田先輩の1人だけの手柄として献上してますし、やる気のない人間がやる気のある人にとやかく言う権利ないんじゃないですか?」

「俺はそんな話はしてない、私情で仕事にかかわるなって言ってるだけだ!! 回収課はそんな生半可な覚悟でやっていけるほどあまくないんだよ・・・!」

「それは一ノ瀬さんがうまく立ち回れなかっただけじゃないんですか?」

「は・・・?」

 

 一色は熱の入っていた言い合いの言葉を区切り、2歩ほど一ノ瀬から離れる。笑みを浮かべながら嫌味の類の抑揚でこう告げた。


「1年前の事件引きづってるんじゃないですか? それまでは一ノ瀬さんがこの課のトップ成績だったらしいですし。誰でしたっけ、安藤さんでしたよね前のパートナー。一ノ瀬さんの言う私情で仕事をしていたから安藤さんは辞めちゃったんですよね?」

「やめろ」

「可哀そうですよね・・・、自分の意図しないところで勝手に動かれて、それで自分が辞める羽目になるなんて・・・。私だったらとてもじゃないですけど耐えられな―」

「いい加減にしろ!!!!!」


 ひと際大きな怒声を浴びせたのは一ノ瀬でも僕でも水月でもない。座って傍観していた飯田だった。一ノ瀬と一色は驚きのあまり硬直してしまっている。


「一色、それ以上の言葉は流石の俺も看過できないぞ。謝罪しろ」

「え・・・? だって、飯田先輩も言ってたじゃないですか・・・。あいつの仕事ぶりは今と―」

「謝罪しろ」


 低く重みのある言葉に一色は何も言えずに立ち尽くす。次第に目から涙があふれて床に落ちる。一ノ瀬は気まずそうにしており、視線はどこか遠くの床を見るように下に向けていた。


「す、すみません・・・でした」


 一色の謝罪を聞いた一ノ瀬は特に何かを言うことはせず黙ってその言葉を受け取った。

 瞬間、一色は駆け足気味のスピードで部屋を飛び出していった。


「はぁ・・・全くお前らときたら、こんなことは初めてだぞ」

「なんか、僕たちのせいですみません・・・」


 僕は2人に思わず謝罪する。一ノ瀬のほうは頭を冷やしてくると言って一色の後を追うようにして部屋を後にした。


「まぁ一ノ瀬も色々あったんだ。わかってやってくれ、それよか、萩野さんち行くんだろ? さっさとしねぇと寝ちまうぞ」

「あ・・・! 忘れてた・・・。行きましょう水月先輩・・・!」

「え、でもあのお2人は」

「いいからいいから、あっちは俺に任せてさっさと行け。折角ハッキングした情報無駄にすんなよ」


 そう言って僕たちを飯田さんは送り出してくれた。


「あいつ・・・まだ気にしてたのかよ」

 飯田が1人、椅子に背中を預けてそうつぶやいた一言を聞いた人間はただの1人もいなかった。

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