9話 作戦その1

 無事に速水の案件を終えて回収したエンティアを会社に届けると、遅めの昼ごはんとなった。

 おしゃれなパスタ屋に来た僕と水月は、それぞれが好きなものを注文する。


「じゃあ僕は・・・無難にミートですかね」

「それじゃあ私も同じものを。麺の量は少なめで結構です」

「かしこまりました」


 店員さんに注文を頼むと、水月は水を口に運ぶ。この店はかなり入り組んだ路地裏にあり、なかなかの隠れ家感があってワクワクする。


「ここよく来るんですか? かなり隠れ名店ぽい雰囲気がありますけど」

「来たのは7年ぶりくらいです」

「なんでまた?」

「気まぐれです」


 何を考えているのかよくわからないが、昨日灰塚が言っていたような大人しい水月の印象とは正直、僕が感じているそれとは似ても似つかない。確かに口数は少ないけど、それ以上に感情豊かな感じはする。


「なんですか?」

 じっと見つめていたのがバレてしまってそんな文句を言われてしまった僕は慌てて弁明する。


「いや、さっきのエンティアのこと思い出してて・・・。あんなこともあるですね」

「人の心を再現して、それをアンドロイドに組み込んでいるんですから、ロボットとはいえど環境にある程度はそれに悪影響を与えるということでしょうね。結構興味深い案件でしたけど」

「もったいない感もありますしね。分析してみたりしたら結構すごいことがわかってりしそうなものですし」

「でも、これ以上人間とエンティアの間の溝が狭まるのはよくない気もします。それこそ、人間に対しての価値観もエンティア独自のものに変化していくかもしれませんし。そうなることが私は怖いです」


 水月の言い分はもっともだ。AI革命なんてことが言われた時代はずっと昔だ。だけどそこにはいつだって人間の思惑と損得勘定が前提としてあった。だから今はこうやって人間の生活を豊かにする道具としてエンティアが普及した。だけど昨今、道具として作られていたエンティアは、いつのまにか会社の歯車に、友達に、愛人に、恋人に、そして家族という存在にまで発展している。たった5年という短い歳月だが、人間にとっての5年はエンティアという新しい存在を受け入れて浸透させるには十分な時間だ。


「どう、おいしい?」

 隣でもカップルらしき2人が自分たちのパスタを取り皿に分けて食べさせあっている。だがよく見てみれば男のほうは青い瞳に腕には回収端末である腕時計をしている。


「もうエンティアは人間の世界に入りすぎたのかもしれません。いつどこにエンティアがいてもおかしくない時代ですから。きっとこの職業も人手が足りなくなって破綻するときが来るのかもしれないですね」

「・・・そうですね。エンティアの暴走なんてここ最近では起きてませんから。人間の危機意識なんてたかが知れてます」


 そう水月がつぶやく。これが彼女の本音なのだろうか。この仕事をしている理由はわからないけど、エンティアに対する危惧が彼女の中で取り巻いているのは事実のようで。視線をカップルのほうに向ける水月の瞳はどこか悲しげにも見えた。



 時刻は15時。今日最後の仕事だ。



「またあんたたちかい」

 チャイムを押して扉から加賀が出てくる。速水とは違って無視したり居留守を使う真似をしないのは非常に助かるが、一向に耳を傾けてくれないのは相変わらずのようだ。


「何度来てもお断りだよ。あたしはあんたたちの話を聞く気はない」

「ですが、期限は残り3日です。あまり残された時間は残っていません。エンティアは回収期限が切れると暴走を始めます。それで被害を被るのは加賀さん自身なんですよ」

 水月が必死に話を聞いてもらおうと説得を試みる。


「そんなこと、わかってるさ。だからこそなんじゃないか」


 何を言いたいのかわからず、水月は困惑する。玄関から中の様子がちらりと見えるが、何かのチラシ類があるだけで、特にこれといった情報が目に入るわけでもなく。僕も何か助言できるような言葉は思いつかずに硬直してしまう。


「わかったらとっとと帰んな。今日はあたしは忙しいんだから」

「・・・わかりました、ではまた明日、同じ時間に参りますので」

「来るなって言ってるんだ・・・! 何度も言わせるんじゃないよ!」


 突然の罵声に僕と水月は顔を強張らせる。ここまで必死に返却に応じない理由がわからない。それで困るのは加賀自身なのにも関わらず。速水と違って別にニーナちゃんがいなくなって困る理由はないはずだ。家事は自身でやっているみたいだし、なんなら体を悪くしているのなら別のエンティアを契約すればいいだけの話。僕には理解できない感情だった。



 そのまま車に乗り込む。全く話が進展せず、どうすればいいか水月に相談するが。


「私も現段階では何とも言えません。最悪無理やり回収する手段もありますが、加賀さんは腎臓を悪くしているとニーナさんから聞いてるのであまり無茶もできません。それこそ、強硬手段を取って容体が悪化したとなれば、私たちが訴えられる可能性だって」

「そんな・・・。契約規定を守っていないのは加賀さんのほうなのに・・・」

「仕方ないです。今週の案件はもう加賀さんだけなので、この仕事に注力しましょう」


 基本テックレントは土日祝休みだ。今日は水曜、期限的には加賀さんの案件は金曜までには片を付けておきたいところなので、明日が勝負となる。


「明日は浜田商店によってシュークリームを買っていきましょうか。加賀さんはあそこのシュークリームが好物みたいなので喜ぶはずです」

「差し入れですね。少しは話を聞いてくれるかもしれませんね」


 水月の意見に僕も賛同した。そして翌日。

 さっそく車で浜田商店に向かって加賀の好物であるシュークリームを購入する。


 この店はかなりの老舗らしく建物自体に歴史を感じる。シュークリームから煎餅、餅などの和菓子も多く品揃えも豊富みたいだ。水月はシュークリームを見繕って店員さんに注文を取る。

 和菓子を僕はその間にどんなものがあるが物色する。わらび餅に、塩分が控えめの菓子類にと。さまざまなあるみたいだ・・・。

 と、僕はそこで1つの提案が頭によぎった。


「水月先輩、少し提案いいですか?」

「・・・? はい、なんですか?」





 そして、15時。僕と水月はまた加賀の自宅に訪問した。


「あんたたちも、飽きずによく来るねぇ」

「はい。これが仕事なので」

 水月がきっぱりとそう話して、加賀はふんっと鼻を鳴らす。


「手に持っている袋はもしかして差し入れかい?」

「はい。浜田商店のものです。よかったらぜひ」

「はぁ。前の担当の人間もあたしのご機嫌取りに同じように持ってきたさ。あれだろ? シュークリームだろ、こんなものであたしが釣れると思ってるんだろ? あんまり年寄りを舐めるんじゃないよ」


 加賀は渡された袋を持つと、そう嫌味に吐き散らす。エンティ側の回収班も同じように差し入れに来たらしい。加賀の言い分から察するにそれはうまくいかなかったようだ。


 廊下の奥からニーナも現れる。


「おばあちゃん?」

「ニーナ、出てくるなって言ったはずだよ。まぁちょうどいい、これ居間に持って行って食べてなさい。シュークリームだからあんまり食べ過ぎちゃだめだよ」

「はーい」


 袋をそのまま渡してニーナは中をじっと見やる。と、ニーナは「おばあちゃん」と言って顔を上げてこう言った。


「おばあちゃん? これシュークリームじゃなさそうだよ?」

「なんだって?」


 加賀は驚いた素振りを見せてニーナのほうに歩み寄る。袋の中身を2人で見て、中に入っているお菓子類の箱を両手で持ち上げた。


「これは・・・わらび餅と煎餅かい?」

「はい。お気に召すといいのですが」

 そう聞かれて水月は返答する。そこでニーナが笑顔ではしゃぎまわる様子が見て取れる。


「やったやった! おばあちゃんあそこのわらび餅買ってきてくれたんだ! お願い聞いてくれたんだね」

「え・・・? ああ、そうだよ。前言ってたじゃないか。忘れるもんかい」


 加賀は何が何だかわからないといった感じだったが、体よくこちらに合わせてくれたようでそう発言する。僕と水月はうまくいったという確信から2人で顔を見合わせて笑みを浮かべた。


「少し居間でお客人と話があるから、それ持って早くキッチンに行ってなさい。いいかい? 呼ぶまで入ってくるんじゃないよ」

「はーい」


 ニーナは聞き分けが言いようで、そう返事をすると袋を大切に持ったまま奥の廊下に消えていった。3人だけが玄関前に残されるような形になり、数秒間の沈黙が流れた後に加賀の発した言葉で沈黙が破られた。


「中に入んな」


 嬉しさのあまりガッツポーズをしそうになった水月の動きを僕は横目で捉えてしまっていた。

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