8話 温厚なエンティア

 男の、速水の部屋は正直整っていた。身なりはニートおじさんという言葉が似合いそうな様相だったが、周りの世話はエンティアにでもさせていたのだろう。その証拠に、こうやって速水に問いただしているのを横目にエンティアは掃除機を暢気に掛けていた。


 カーテンが開かれると、速水は眩しそうにしてソファで身を捩らせる。そんなにも太陽が嫌いなのだろうかと不思議に思うが、速水の前にテーブル1つを挟んで立つ水月は言葉を淡々と続けた。


「速水 昭様。先ほども申し上げました通り、エンティアの回収のお願いで訪問させていただきました。通告書、並びに督促状はご覧になられましたか?」

「いや、そんなものは見てないぞ・・・! 大体一体、なんなんだお前ら朝っぱらから! 強盗みたいに押し入ってきやがって」

「ポストにはかなりの量の通告書が溜まっているみたいですよ? きちんとチラシなどはご覧になったほうが良いかと存じます。さて、本題に入らせていただきますが」


 と、水月がそう言ったとき、速水の態度は急変してテーブルに手を叩きつけながらこう叫んだ。


「言ったはずだ!! 俺はそんなものは知らないし、回収を受け入れるつもりもない!! 断じてな! 高い金払ってるんだから払わせてハイ終わりなんてこといいわけねぇだろうが!!」

「そうですか、返却の拒否ということでよろしいですか?」

「あ?! ああ、そう言ってるだろうが! はは、お前らエンティは結局何もできないからな・・・! 貸すだけ貸して返却をもったいぶられても法的手段は何も取れない!」


 何かを喚き散らす目の前の速水に、僕はとてつもない怒りと憎悪がふつふつと湧いてくるのを感じた。だが、それを感じ取ったのか、水月は右手で僕の左腕に触れて静止させる。突然の行動に僕は思わず彼女のほうを見てしまう。

 水月はつづけた。


「私たちはテックレント警備会社です。株式会社エンティに回収を法的に委託されています」

「・・・・・・・は? テックレントって、あのテックレントか? なんだ。おいそれ、あの会社は独立してたはずだろ?! なんでエンティに従って・・・!」

「ニュースをご覧になってないんですか? もう5年も前にエンティに買収されて傘下に入っています。私たちテックレントはエンティとは違い警備会社です。警察との連携で必要であればエンティアを武力行使での確保は認められています」

「はぁ?! なんだよそれ・・・!! そんなの、聞いてねぇぞ!!!」

「競馬ばかり見ておられるから、そんな簡単な世間情勢も耳に入ってこなかったのでは?」


 水月の煽りのあるセリフに、速水はこれ以上ないほどの睨みを利かせる。あと数秒で恐らく彼は水月に対して何かアクションを起こすと思った僕は、あえてここで水月のセリフを代弁した。


「また、その武力行使に関しては契約者、またはその家族、回収を妨害する第三者に対しても有効である。こう規定に定められています。なので速水さんがここで抵抗しようものなら我々はあなたを鎮圧して警察に引き渡したうえでエンティアの回収を滞りなく遂行できるというわけです。もっとも、エンティア自身は回収は快く承諾してくれそうですが」


 僕はあえて掃除をするエンティアに向かってそう言う。彼女もそれに笑顔で答えてくれた。

 水月が僕にもはにかむ動作を投げかけて、そのまま言葉をつづける。


「回収期限は本日、もし拒否される場合は契約違反ということで違約金5000万」

「5000万?!」

「または懲役20年の実刑になります。エンティアの暴走は重大事件に発展しますから当然の刑だと思いますよ。このままタダで返却して今までどおりの平穏な生活を続けるか」

「借金生活を一生かけて続けるか、刑務所で20年臭い飯食べるか、どっちがいいですか?」


 水月の後に僕がクロージングの文で閉める。これで返却拒否できるのならば、それこそ肝が据わっている。この男にそんな甲斐性はないので、結局泣きながら返却に応じる段取りとなった。


「ご主人様」

「・・・あ・・・?」


 泣きべそをかきながら玄関でエンティアの見送りをする速水。まさかこんな仕打ちをされていたエンティアが別れの言葉を言うだなんて、いくら福祉型のロボットと言えどできた存在だと感心する。


「朝8時には起きてカーテンを開けてくださいね。冷蔵庫に1週間分のお食事は用意してるので、それ以降はきちんと栄養思考のバランスを考えた食事をとってください。洗濯もためこまないこと、あと毎週の競馬のデータベース、クラウドに預けてありますので参考に。あと―」


 それから数分に渡ってエンティアによる速水に対しての介抱はつづけられた。その様子はまるで上京する息子を心配する母親のようだった。


「以下、同意条文に基づいて契約満了の旨を承諾されますか?」

「いやだ・・・! 俺が悪かったからまだ行かないでくれよぉ!! なぁ水月ちゃん! 一生のお願いだから・・・!」

「え・・・ちょ・・・は、放してください・・・! 服引っ張らないで・・・!破けちゃいますから・・・。葵君も見てないで速水さん放してください・・・!」


 抱き着かれる水月が面白く傍観しているとそうダメだしされたので嫌々ながらも彼を引きはがして地面に座らせる。目の前ではいつでも眠りに着けるように回収キットへエンティアは横になっているのだが。


「速水さん、ルール上同じ個体を契約することはできませんが、同じようないい子たちはたくさんいますから。また、エンティのサービスをご自愛ください」

「水月さんん・・・わかったよ・・・。ただ一つだけお願いあるんだけどさ」

「・・・・・・・なんですか?」

「連絡先を」

「嫌です」


 あまりに早すぎる拒否に一瞬何が起きたのかわからなかった。ただ2人は気づかなかったが、確かに回収キットの上で横になっているエンティアが笑みをこぼしたのが目に入った。まぁ、これは2人は言う必要はないだろうと思い、そのまま敬遠する。


「以下、同意条文に基づいて契約満了の旨を承諾されますか?」

「はい、じゃあね。またね、また会いに来るからね」


 そう言って速水は言葉を切らして、水月は回収の最終工程に入る。そして、彼女のいつものルールも。


「30秒ほど、私は2人きりで話す最期の時間を設けているのですが、どうしますか?」

「そうなんですか・・・!? でも、この子もう寝っちゃってるもんな」


 さっき笑っていたから起きてはいるのだと思うが。それを2人は知らないので、おかしいなぁと水月と速水はエンティアを見下ろす。


「まぁいいです。この子にはお世話になったんで、もう潔く帰ります。お2人とも、本当にお世話掛けました。また契約します」

「あ、契約するんですね。はい、次はなるべく早くに返してくださいね」

 水月はこわばった笑顔でそう言いお辞儀をする。僕もそれに続いてお辞儀した後、彼は去っていった。


「はぁ・・・疲れましたね。では時計で回収の―」


 と水月が言った瞬間、エンティアは大きく背伸びをしながらあくびをした。水月は寝てしまったと思っていたのだから驚くのも無理はない。そして、エンティアは回収キットから体を出すと、キットに腰を掛けて足を組んで、文句を垂れ始めた。


「あああぁああああああ!!! マッジで疲れたわぁ・・・。あのクソ豚の面倒5年も見るとか、どんな罰ゲームだし・・・。料理作ってもまずいって言うし、その割には豚みたいにバクバクくうし、いびきはうるせぇし競馬で負けたら夜通し泣きわめくし。挙句の果てには返却拒否って・・・! どんな育ちしたらあんなゴミが出来上がんだよ・・・!!! ああクソ胸糞わりい」

「・・・・・・・えっと、大丈夫ですか?」


 僕が恐る恐る聞くと、エンティアの攻撃はこちらに転じた。


「大体あんたら回収班も1か月何してんの? 居留守ってわかるじゃん? なんでそこで諦めて帰っちまうんだよ! あの豚は女に弱いんだからそこの女を色仕掛けに使ったらめろめろにして返却も楽だっただろうよ!! 見た目がいいだけでダチョウサイズの脳みそしかねぇのか?!」

「へ・・・? わ、わたしですか・・・?」

「ああイライラする、てもう30秒かよ。んじゃあな、次はもうちょっとマシな人間と契約させてくれよって、あんたら回収班に言っても仕方ねぇか。あははははは!」


 そう言って、彼女は沈黙した。

 5年間、散りに積もった鬱憤をマシンガンのようなトークで浴びせられた僕と水月はただ茫然と彼女の眠った姿を見つめるしかなかった。




「あの水月先輩」

「・・・なんですか?」

「ラストの30秒タイムで全部罵詈雑言に使ったエンティアっているんですか?」

「・・・いるわけ、ないじゃないですか」


 回収を終えて一旦会社に戻る最中、朦朧とした意識で運転する水月に僕は質問していた。

そしてそのあとに水月がこう付け加えた。


「ちなみに、今回回収したエンティアの性格設定は温厚で人当たりが良く、人に尽くすことに幸せを感じるよう設計されていたらしいです」

「・・・・・・・・一体どんな使い方したらこんな性格に変わるんだよ・・・」


 会社に戻るまでの間、僕たちはこのエンティアの話題を振ることはそれ以上なかった。

 そしてさらに億劫なのはこの後に加賀さんが待っているということだ・・・。

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