6話 洗濯機の罠
僕は食事が終わった後、まさかのまさか、一色の部屋に御呼ばれしてしまった。しかもその部屋というのは、寮の3階で306号室。水月の部屋が305なのでまさかの隣人さんだった。
「なぜ僕はここに呼ばれたんでしょう」
そしてこの部屋には2人、一色と灰塚がいた。この2人は元々パートナーを組んでおり、社員寮での部屋も2人でシェアルームしていたらしい。灰塚はスーツではなくカジュアルなパーカーに着替えており、びしっとした大人な印象だったので少し驚いた。
「先輩、彼水月先輩と今夜から相部屋らしいです」
「本当に? すごいじゃない葵くん。でも気を付けてね、あの子かなり不器用っていうか。必要な情報が7だとすると2くらいしか言ってくれないから会話にならないこと多いのよ。ほんとに。悪い癖で前々から言ってるんだけどね」
言われてみれば、最初に会って不審者呼ばわりされた時も話を全く聞いてくれた記憶がない。あまり感情を表に出さないタイプの人間だなとは思うが。ここまで言われているとは。
「あの子、それが災いしてかずっとパートナーを付けられなくってね。理由はわからないけど、本人も拒否していたみたいだから。だから正直葵君をつけるってダメもとで言ってみたときあの子が受け入れてくれたことが意外だったのよ。成長してるってことなのかしら」
灰塚は高級そうな椅子に腰かけてワインのようなものを口にする。パーカーにその様相は劇的に合わないが、それでも灰塚の大人な雰囲気で誤魔化しが効いているように見える。
「今日の仕事はどうだった?」
灰塚が質問する。
「全然ダメでした。契約者には怒られるし、最初の契約者は回収自体うまくいきましたけど、マニュアルが大事だと思って先輩の流れも邪魔しそうになりましたしね」
「流れって? あの子何かしてるの?」
「はい。契約者とエンティアの別れの時間を作るのを大事にしているみたいで、そういうのはマニュアルになかったので」
「あの子まだそんなことしてるのね。あれだけやめなさいって言ってたのに・・・」
これはまずいことを灰塚に伝えてしまったかと思い動悸がする。灰塚の物言いに触れようとしないのか、一色は適当にソファでくつろぎ始めていた。僕を呼んだ張本人がなんで興味なくしているのだろうか。
「どんな話したの?」
「はい、色々ですけど、途中は世間話を少々」
「せ、世間話・・・? あの子が世間話したの・・・?! あ、あははははは! 本当それ!?めちゃくちゃ面白いじゃない。昔は私が話題振っても知らん顔だったのに、あの子から世間話をしたのね」
「はい。まぁそれも会社絡みの話でしたからどうとも言えませんけど。でも気を遣ってくれてなのか、結構帰りでは終始話してくれてました」
「そうかぁあの子がねぇ。成長してるんだなあの子も」
「なんか、灰塚さんて面倒見いいですよね。僕のことも結構気にかけてくれてますし」
「灰塚さんってあの子の育成係でしたもんね。それはそれは感慨深いものがありますとも」
と、話に唐突に入ってきた一色が笑いながらそう言ったが、場を盛り上げるために言ってくれたであろう言葉は灰塚の表情を曇らせる。
「あ、あれ・・・。なんか私言っちゃいけないこと言いましたかね・・・?」
「うんそうよ・・・。あれだけ言わない様にって念押ししておいたはずだけど・・・」
「えっと、そうだったけなぁ。記憶にないなぁ・・・って灰塚さん・・・! 謝りますからわき腹をくすぐるのはやめてくださいよ・・・! あ、ははははは! やめ・・・! やめてくださいいいいぃ!」
不穏な空気から一変してカジュアルな状況になったこの光景、果たして僕はこれからどうすればいいのか・・・。ソファに転げまわる大の大人2人。そして取り残される僕。
と、扉が開かれる音がした。後方を見ると、パジャマ姿の水月が不機嫌そうな顔で立っているのが見えて後ずさりする。
「灰塚さん・・・。葵君誘拐して何してると思ったら・・・本当に何してるんですか」
「水月。ごめんなさい、少し仕事の話してたのよ。うるさくしちゃってたわね」
「本当に・・・。一色さんも、あまりいじめてあげないでください・・・。一色さん、灰塚さんのパワハラが酷いようなら社長に言ってあげますので」
「りょ、了解っす!って言ったらまたしばかれるので心にとめておきます!」
敬礼をする一色はくすぐられた影響からか汗まみれになっており、あたりは物が散乱してめちゃくちゃだ。
「葵君、部屋に戻ってきて下さい」
「あ、はい!」
何か後ろから「がんばれー」とか「ひゅーひゅー」とか中学生みたいな声が聞こえてきたが、反応するのも面倒だったので無視して部屋に戻った。
「これは・・・」
「テープ、移動させました。流石にお風呂とトイレと洗濯を外でっていうのは。可哀そうかなと思ったので。居住範囲を拡大させました」
さっきまでは玄関から左100センチ幅までが僕のテリトリーだったが、今は幅は変わらないまま右にあるトイレと洗面台、お風呂と洗濯室に繋がる扉までテープが広がっていた。
「私はもうお風呂は済ませましたので、どうぞ。夕食は一色さんたちと一緒に?」
「はい、もう済ませてきました」
「そう。じゃあ私は食堂に行くのでゆっくりしててください」
もしかしたら、ご飯に誘おうとして僕を探してくれていたのだろうか? そう思うと少し申し訳なくなる。確かに水月の髪はさらさらで、いい匂いもする。この匂いはラベンダーだろうか? 飯田ではないが、確かにこれはいい匂い。
「言っておきますが、私が外に出ている間に勝手にテープから出たり洗濯物見たり、変なことはしないようにしてください。物が少しでもずれていようものなら即刻追い出しますから」
「・・・はい・・・」
鬼の形相ともいえる表情でそう狭まれ、僕は承諾の意を唱えるしかなかった。
シャワーを浴びる、それだけの行為なのになぜこうも高揚感があるのか。それはもちろん、女子が使った風呂場を自分が使うケースなんて今までの人生でなかったからだ。しかも同じシャンプーだなんて・・・。変な気が起きそうで卒倒するぞこれは・・・。
ひたすら無心で体と頭を洗いシャワーする。匂いもできるだけ嗅がないように息を止めつつ洗う。風呂から脱衣所に出て思う。洗濯物は一緒でいいのだろうかと。流石に一緒はまずいと思いつつも、さらにふと思う。水月は洗濯物については一切言及していなかった。物がずれていればというのはベッド周りのことだろう。すなわち・・・。洗濯機の中にあるものの可否は問われていないというわけなのだ。実際少しだけ下着とか見てもバレないし、何なら触っても・・・。
「いやいやいや! 何考えてるんだ僕は・・・! 下着なんて見たらだめに決まってんだろ・・・!」
しかし、年齢=彼女いない歴な僕からすればこれはビッグチャンスともいえる境遇だ。ここで何をしてもルールには違反しない。倫理的な問題に関しては完全にアウトだが、アウト判定を下す人間はこの場にいないのだから・・・!
「大丈夫。僕はできる人間だ、トライ&エラー、こういうことも社会人としての楽しみ、じゃなかった。試練なんだ・・・」
僕は迷いを断ち切り、ドラム式洗濯機の蓋に手を伸ばす。真っ裸だがこの状況で僕を止められるものはいない。脱衣所の鍵は閉めているのだから・・・。流石に監視カメラなんて姑息な真似はあの人はしないだろう。そして、僕は洗濯機の蓋の取っ手に指を掛け、豪快に開けた。
「はいアウト―」
「・・・へ?」
中には体育座りで地獄に落ちろジェスチャーをしている一ノ瀬の姿があった。中には僕の目当てのものはなく、完全にハ二―トラップに引っかかってしまったのだ。
どう言い逃れしようか、それとも会社をバックレようかを全力で考えていた。
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