5話 初めてのシェアルーム?

「・・・・」

「・・・・・・・・」

「えっと、これからよろしくお願いします・・・」

「・・・なんで・・・」

「え?」

「なんで・・・葵君が私の部屋に住んでるんですかぁ?!」


 そんな叫びが部屋中にこだまして響く。僕が地面に座り込む場所に枕やら机やらものを投げ込む水月。そんなの僕だってわかんないのに・・・!


 ことは数時間前・・・。


 給料日の相談を仕事から帰ってきた後、課長室にて課長に聞いていたのだが。まさかのテックレントの初任給は6月支給であることが発覚した。システム上の関係で4月と5月がまとめて6月に振り込まれるようになっているらしく、そんなこと寝耳に水なので抗議したが、ルールなので変えられないということで話が進まない状態だった。


「だったら、うちの社員寮に住まわれたらどうですか?」


 秘書の奥村が課長にそう進言したことがすべての事の始まりだ。


「確かに、社員寮なら別に家賃もいらないしね。いいかもしれないね」

「本当ですか?! 社員寮があるのならそれはぜひ使わせて貰いたいです」

「第8課の寮は豪華ですしね。成績が好調だった時に作られたからお金が有り余ってた時代の遺産なんです」


 課長が僕が入社して1番自慢そうに言ったことがそれだった。福利厚生でも働きやすさでもやりがいでもなく。社員寮が素晴らしい。それだけがこの会社のアピールポイントなのだと知ると泣けてくる・・・!


 さっそく、と言おうとしたときに奥村が「待ってください」と止める。


「今、空きがないですね」

「・・・え?」

 僕は絶頂だった状態から一気に急降下。ひざまずくような体勢で崩れ落ちた。


「ああぁどうしようかぁ。家賃もう払えないんだもんね?」


 俺は全力で首を縦に振って何とかしてもらいたいという意思表示をするが、2人の顔は一向に明るくならない。


「あ、だったら」


 そしてその奥村が提案した内容が。




「これです!!」

 僕は水月にひとしきり説明を終えて両腕を広げる。


「いやいやそんな丁寧に説明されても困りますから! この会社にプライベートというものはないんですか?!」

「そうおっしゃるということで、お手紙を預かっております」

「・・・手紙?」


 僕は水月に両手でそっと課長から預かっている手紙を渡して、彼女は読み上げる。


「来月給料上げるから我慢してって・・・。給料上げられても無理なものは無理なんです・・・! 家主の私に一言もないってどういうことなんですか?! 大体鍵は?! なんで先に帰って入れてるんですか?!」

「あの・・・これを貰いまして」

「合鍵?! この部屋合鍵なんてあったんですか?! 初耳ですが・・・!! ああもう・・・。なんでこうあの課長は・・・」

「先輩、すみません。やっぱり嫌ですよね・・・。僕も無理だって言ったんですけど」

「・・・いや別に葵君が悪いわけじゃないですが。いや悪いのか・・・? いやいや、悪くないです」


 さまざまな葛藤があるのだろう彼女は、自分の頭を掻きながらも結論を出す。


「わかりました。ただ2カ月だけです。給料が出たら出ていくこと。あと生活圏は別々で。そうですね」


 水月は壁端にある棚から青いテープのようなものを取り出して床に縦へ張り付けていく。


「ここから右が私、左が葵君です」

「・・・ほぼ空間がないのですが」

「寝れる空間はあります」

「あぁ。はい、わかりました」

「なに? 不満?」

「いえ! ありがたき幸せです! 早速移動します!」


 2畳程度しかないテープの空間。足を広げてギリギリなれる程度。大して水月の空間は裕に10畳以上ある空間で、そっちにはソファにテレビにキッチンに、簡易的な2階のテラスのような空間もある。天井もかなり高く、流石は豪華と言っていただけある。かなり広々とした部屋。なのに僕は2畳だけ。。2畳・・・。


「やっぱり不満そうですね。廊下で寝ますか?」

「いえ! こんな立派なおうちをありがとうございます!」

「はぁ、まぁもう少し仲良くなったら生活圏も広くして上げますから。とりあえず当分は2畳で我慢してください」


 少し期待感のある言葉が気になりつつも、僕は荷物を床に下ろして、そこでふと思う。


「あの、着替えとか洗濯とかお風呂って、使ってよろしいのでしょうか?」

「外」


 コインランドリーからの銭湯という、たった2文字でそれらを察せられる素晴らしい技術をもった回答であった。


 この社員寮には食堂や銭湯がある。その設備もまぁまぁいいもので流石は大企業の子会社といったところだ。傘下に入るまではこんなもの立てられる余裕はなかったらしいので、そこは感謝しないといけない。まぁエンティの営業部で仕事してたらもっといい場所で寝泊まりできたのだろうが。行きかう人々を見ても、第8課以外の人間もこぞって住んでるみたいだ。


 そして現在、食堂にて夕飯を食べている際、ここに住んでいる飯田に目をつけられて捕まっている現状になる。


「おい葵。どんな手を使ったんだ? あの冷血女の水月さんの部屋に入り浸るってよぉ」

「いえですから、課長が勝手に」

「お前ノンケかと思ってたが割と行ける口なんだな。先輩感動しちまったわ。どうだ? 水月の部屋は。いい香りしたか?」

「まぁ、いい香りはしましたけど・・・」

「どんなだ?」

「え?! いやそれは・・・うーん。なんでしょうねあれ、何の匂いなんでしょう」

「おい思い出せ! これは大事なことだぞ!? 男にとってはこれほど大事なことはない。なんなら今部屋戻って袋にありったけの部屋の空気つめて持ってこい!!」

「飯田さん、新人になんてこと頼んでるんですか・・・」

「一色?!」


 背後でずっと聞いていた一色がおぼんをもったままそう言う。呆れた顔で飯田にそういう一色は、正直この状況が面倒だった僕にとってはありがたいことこの上なかった。


「隣いい?」

「もちろんです」

「あんがとっと。それより葵君。こんなちゃらいおっさんの言うことなんて無視していいからね?」

「いや俺はいたって真面目にだな」


 そこで飯田のスマホから着信音がなり、画面を見るなり飯田は無言になり、かと思ったら次にこういった。


「悪い、仕事の話が入った。飯は2人で仲良く食っててくれや」

「言われなくてもそうします」

「一色は相変わらず俺には当たり強いなぁ。んじゃあ葵。色々大変だとは思うけどこれから頑張れよ」

「ああ、はい。ありがとうございます」


 そう言って飯田はおぼんを持ったままどこかへと立ち去って行った。


「はぁ。さ、食べましょ葵君」

 一色は「いただきます」と言って箸を持ち、ハンバーグ定食のようなものに手を掛ける。今日はあまりお腹がすいてなかったので僕は魚定食にしてみたのだが、少しボリューム不足だったかもしれない。


「どうだった、今日一日働いてみて」

「はい・・・。うまくいかないことだらけで、さっそく契約者の人に怒鳴られました」

「そんなもんだって、それにパートナーとして同行を許されてるってことはある程度は信頼されてるってことじゃん? もしかして元々できてたりしたの?」

「そんなわけないじゃないですか・・・! 飯田先輩みたいなこと言わないでくださいよ」

「ごめんごめん。からかいすぎちゃったね。だけどあの変態ジジイと一緒にはしないでもらいたいな・・・。マジで傷つく」


 ハンバーグを細かく端で切っていく中、語尾を強くして彼女はそう言う。仲が悪いというわけではないと思うが、何か2人には遺恨でもあるのだろうか。ただ一色は入社して3カ月と聞く。中途なのでキャリアは何かしらあるはずだが、仲も深まってないうちにあれこれ聞くのも野暮というものだ。ここは一旦苦笑いを交えつつ魚に飛びつく。


「ありきたりなセリフだけど、わからないことあったらなんでも相談してね? 結構水月先輩ってとっつきにくいからさ」

「まぁそうですね。でもこの後相部屋なので少しでも親密度を上げて」

「相部屋なの?!?!」


突如、一色は大声を上げてそんなことを叫んだ。口に含んでいた米粒が僕の顔に発射され相当不快な気分にさせられる。


「それほんと?」

「・・・はい。色々ありまして」

「ちょ、ちょっと。こ、この後時間ある・・・?!」

「え?」


そう話す一色の顔は、こんな面白い話黙っていられない、誰かに言いふらしたいと言わんばかりの顔つきだった。

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