4話 存在する意味
水月と僕は一度回収したエンティアを事務所に置いて、再び次の依頼者の元へ向かった。13時に次の対象の家に訪問したが留守。アポイントを取っていた顧客だったはずなのだが。と思って窓から中を見ていると。
「お風呂が、湧きました」
そんな声が聞こえてきた。
「これって、居留守ですかね?」
小声で僕は水月に問いかける。
「そうですね。今日はとりあえず通告書だけ入れて出直しましょう」
冷静にそう言う先輩殿はバックから通告書を取り出してポストに入れる。
「はぁ・・・。居留守なんて使って何の意味があるんですか」
車に乗り込んで僕はダッシュボードに手を伸ばして文句を垂れた。
「よくあるケースだと、期限ぎりぎりまでエンティアをこき使いたい人間と、私たち回収班と会うのがまずいケースがあるんですが。今回は後者でしょうね」
「理由は?」
「窓から見えましたけど、エンティアのオイルが漏れた形跡がありました。エンティアもタダで動くわけはないのでオイルを月1で補給しないと動けません。もしかしたら大分前に漏れていただけかもしれませんけど。オイル漏れはエンティアにとって重大な欠陥になります。もし破損が契約者が原因だったら、多額の修理金を補填しなければいけませんから。それを隠しているのかも」
「なるほど・・・そんなケースも」
「こんなの回収課なら結構あるあるですよ。馬鹿ですよね、隠しても意味ないのに」
アクセルを踏みながらそうぼやく先輩を見て、僕は肩を震わせる。この人、多分怒らせたら無言で刺してくるタイプだと。
「次は、結構面倒くさそうですよね」
「まぁ、否定はしないです」
「否定しないのかぁ・・・」
今日最後の契約者である加賀さんという人。年齢が75歳の女性で、報告書によるとかなりの厄介者らしい。見たところ回収期限の通告書、基本1か月前には送られてくるのだが、これをすべて拒否、なんならエンティの督促部に電話でクレームを入れに来たらしい。1度エンティの人間が訪問したときは警察沙汰になったそうだ。そして面倒なのでテックレントで解決してほしいとのことだ。
「正直、面倒ですね」
「これって僕たちがやらないといけない案件なんですか?」
「テックレントはこんな案件をこなして評価を上げる会社ですから。いやなら結局ほかの課に回されるだけ。下っ端が意見しても意味ないです」
「社会人、というよりも会社員辛いですね。居酒屋で文句言ってる大人たちの気持ちがすごくわかります」
「同意見です」
加賀という人物、かなりの要注意人物だ。ただまぁ、池田さんのことがあるので案外簡単に―。
「帰んな!!! あんたらの顔なんて二度と見たくないんだ!!」
パシャンと引き戸を勢いよく閉めて追い出された我々2人。夕暮れの夕日に照らされて放心状態となる。
「えっと、先輩。これはどうすれば」
「私もわからないです。この3年間で話す前に追い出されたのは初めてなので」
資料の入ったファイルを両手に抱える僕は、水月の言うことにさらに絶望した。
家は昔からよくある平屋、1階建てだ。そこまで大きくもないが、大きく見える理由としては庭があるからだろう。この辺りは都市からも離れて昔からある家が廃墟になっていたり落書きも一部ある地域で治安はよくないと聞く、実際はわからないが。
「帰りましょうか」
「そうですね。今日は何もできそうにないので。一旦帰りましょう」
僕の提案に水月は賛同すると、車のほうに彼女は向かう。ふと、僕は庭に繋がる扉に誰かがいるのが目に留まった。
「こんにちわ」
「・・・こん、にちわ」
僕が声を掛けると、その人物は一礼して丁寧にあいさつを掛けてくれた。
見た目は8歳程度だろう。女の子で髪はポニーテールに可愛らしいシュシュで結んだものが印象的だった。扉を開けてこちらに寄ってくる女の子は、青い瞳に右腕に時計をしていた。
「エンティア・・・!」
「そうだよ? おばあちゃんに何か御用?」
「おばあちゃん?」
「うん。おばあちゃん今日は病院の日だったから家にいると思うけど、呼んでこようか?」
「ああ、大丈夫。おばあちゃんにはさっき会ってきた。君の、えっと」
「ニーナだよ」
「ニーナちゃんの、えっと・・・回収の依頼に来たんだ」
「かい・・・しゅう?」
難しいことを言ってしまったと後悔する。エンティアは8歳から40歳の設定で製造される。それはその年齢の個体に需要があるからだ。そしてそれは同年代の思想や思考を参考にして製造されており、目の前にいるニーナも普通の8歳の少女と同じ思考となっている。それは5年問という歳月が過ぎても変わらない、はずだ。
「何してるんですか? この子は?」
水月が心配して戻ってくると、ニーナを紹介する。
「この子が・・・。こんにちわ、ニーナちゃん。体調におかしいところはない? 目がぐわんぐわんするとか、頭が痛くなったりとか」
「ないよ! 元気、多分おばあちゃんのほうが元気ないと思う」
「おばあさんはどこか悪いの?」
「うん・・・腎臓が悪いみたいで。週に1回病院に―」
「ニーナ!! またあんた勝手に外に出て・・・!」
と、そこで庭から顔を出した加賀の怒号が響き渡る。周りの止まっていた鳥たちも、驚きで一斉に空に飛んでいく。ニーナはびっくりしつつも、加賀のほうへ歩み寄る。
「おばあちゃん、この人たちおばあちゃんにご用事があってきたみたいだよ?」
「そんなものないよ。この人たちはもう用はないんだ。いいから、広間にニーナが好きな煎餅作っておいてあるから食べておいで」
「ほんとう!? やった・・・!!」
そんな一連の会話を聞いていた僕たちに、加賀は目線をやり、睨みながらこう提言してきた。
「まだいたのかい?! とっとと帰んな!」
「お話だけでもいいのでお願いできませんか! 1分ほどでも」
「くどい!」
僕のそんな願いの叫びは簡単に打ち消されて、2人は奥の庭に消えていった。
「出直しましょう。こんなこともありますから」
「一体何考えてんだあの婆さん・・・! 期限伸ばしても意味ないってのに」
「まぁ、まだ1週間あるので。明日また来ましょう」
「・・・わかりました」
水月の潔い物言いに、僕は何も言うことができずそのまま車に乗り込んだ。
結局、今日は3分の2がスカだったわけだ。確かにこれだけが今日の業務、楽と言えば楽だけど、なかなかそれとはジャンルが違うしんどさが僕の体を取り巻いていた。
「あんな小さい子も、期限が過ぎて暴走したら人に危害を与えるんですか」
「そうです。小さい大きいはエンティアには関係ない。元々エンティアは警備ロボットから派生したものです。設計上は警備用の構造を模して造られているんですから、作り自体が人間のそれとは異なります。あんな小さなエンティアでも、暴走すればお年寄りの人1人、一瞬で殺せますから」
殺せる。その言葉の重みが車内に乗しかかる。そうだ、回収が遅れて暴走すれば加賀だけじゃない。周りの人間にも迷惑を掛ける可能性もあるのだ。そうなれば、人1人の問題なんかでは決して片付けられない。それこそ傷害事件に発展する大事件だ。それを阻止できるのは、僕たち回収課の人間たちだけなのだ。
「水月先輩、正直僕この仕事、舐めてました」
「なんですか急に、弱音ですか」
「弱音、ではないと思いますけど。前も言いましたけど、元々僕はエンティの営業部配属予定だったんです。それが来て初日に出向って言われちゃって。ふざけんなって思って、この2週間過ごしてました。エンティアの回収なんて、末端の雑務だろって」
「・・・」
水月は僕の言葉に何も言わず、運転しながらただ聞いてくれていた。
「でも今日やってみてわかりました。末端の仕事なんかじゃない。むしろこの仕事がエンティアの関連する仕事の一番大切な仕事なんじゃないかって。僕たちが存在しないと、きっとエンティアで悲惨な事件が起きる。それを未然に防げるのは僕たちだけなんだって」
そこで僕は言葉を区切って、水月のほうを正面にしていった。
「僕、明日は迷惑かけないよう頑張ります」
「・・・そう、だったら明日もよろしくお願いします」
「はい!」
大変なことばかりだとは思う。だけど、それに見合うほどにこの仕事には魅力を感じた。そんな1日を、入社して2週間だったがそう感じれたことに嬉しかった。
「あれ・・・葵君聞いてなかったの・・・? テックレントの新入社員の初任給は6月支給だよ・・・?」
会社に戻り、社長からそんなことを聞かされる。
ああ、この仕事やめよ。来月の家賃払えねぇわ。
どうすんのこれ・・・。
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