3話 想い出を引き裂く仕事
そのまま一色のオリエンテーションが続いた。業務の流れや研修期間など大まかなことを聞かされた僕は、緊張とこの仕事に対する億劫な気持ちに押しつぶされて疲れ切っていた。時刻はすでに17時すぎ。ここはテックレントの回収課の中でも8番目に位置するらしく、エンティからは厄介な案件をよく押し付けられる窓際部署と言われている部署らしい。回収期限がギリギリのエンティアの回収だったり、契約者が裏社会の人間だったりと、様々な事情の案件がよく振られるのだとか。
そんなマイナスな話を聞かされた僕は、帰宅したときにはすでに意気消沈していた。
「疲れた・・・」
ベッドにうつ伏せでダイブした僕は、枕元に置いてあったリモコンを操作してテレビの電源をつける。そのままただ惰性でテレビを見る僕は、ずっと考え事に更けていた。
バックレたい。ただそれだけを。
本当なら営業法人課でバリバリ成績上げて活躍するはずが、なぜこんな窓際部署の、そして毎度毎度回収の度に怒られそうな仕事をしなければいけないのか。ふとした時に東京でも回収チームが契約者とトラブルになっている場面に遭遇したことがある。テックレントは政府公認の組織で、エンティアの回収のためなら最悪武力行使も許可されている。公務執行妨害で鎮圧されている所もニュースで見たりしていた。
「仕事、辞めてぇな」
ただそれだけを帰ってきてから思っていた。
それから2週間の日々が過ぎ、その間に僕は研修や基本的な業務の流れなどのレクリエーション的なものを淡々とこなしていった。最初に一色の話を聞いた時点で予感はしていたが、やはり回収課の仕事は末端というか、僕が想像していた営業部のそれとはかけ離れたものだった。僕のモチベーションがそこから上がるわけもなく、ただ虚無感のある毎日を送っていたある日。
4月19日。初めて仕事を割り振られる日が来た。
「基本は2人1ペアで仕事には当たってもらうわ。今回はそうね、水月なんてどうかしら?」
「私ですか?」
みんなが事務作業などをこなすオフィスで灰塚がそう指示を出す。
灰塚に指名された水月はそれはそれは嫌そうな顔をしていた。
「いや?」
「嫌ではないですが、他にも適任者がいるかと」
「例えば?」
「それこそ灰塚さんが適任では? ベテランですし新入社員の育成なんて山ほどこなしてきてらっしゃると思いますけど」
「それはそうだけど、それじゃあ周りの既存社員の育成力も育たないでしょ? それにあなたと葵くんはいいペアになると思うしね」
「・・・納得は行きませんが、わかりました。彼は私の元で面倒を見ます。ただし仕事の足手まといになると判断したらすぐに彼には離れてもらいますので」
「手厳しいわね・・・。そういうことだから葵くん、頑張って」
「はい」
なにやら面倒ごとを押し付けられた感じがあって嫌な雰囲気が流れていたが、僕は身を任せられるままに水月の後を追った。
「言っておきますけど、私は新人だからって優しくはしないので」
「そうですか、僕もまぁ先輩の足手まといにならないように気を付けていきます」
「・・・分かればいいですが。じゃあ社用車に乗ってから今日のスケジュールを共有しますので、回収用の制服と鎮圧用スタンガンのアンティア、必要なものを準備して外の待合で待っていてください」
「了解です」
適当な返事をして僕は準備に取り掛かる。制服の横にサスペンダーを身に着けてアンティアを装備する。初めて触ったときは重く感じたこれもいざ腰横に身に着けると軽く感じる。こんなもの使う機会なんて一生来なければいいのに。
外へ出て5分ほど待っていると制服を着た水月が姿を現した。白と黒を基調とした制服、スカートは元の設定が動きやすいように短めに設定されているためかなり際どい。スーツ姿だった彼女からその姿はどこか見新しく少しだけ目が奪われてしまう。
「なんですか?」
「え?!」
「今朝の人はもう時間ギリギリなんですから、あんまり呆けてると置いていきますよ」
「大丈夫ですって。これでも僕今日の回収の人は頭に叩き込んできてるんですから」
「意外ですね。仕事には無頓着かと思っていたんですけど」
そう言われて僕は内心焦りを感じる。モチベーションの低さを隠して切れていなかったと思ったから。そんなことはないだろうと僕は言い聞かせてシートベルトを締めた。
1件目の対象者は池田さんという人で、基本的な家事をエンティアに任せているみたいだ。期限を1週間に目前とした方で連絡が取れなかったのだが、今回ダメもとで自宅に押し掛けてみるといった感じ。池田さんはこちらにある情報だと裏社会の人間のようで、トラブルが面倒だという理由でエンティ側がテックレントに依頼を放り投げてきたのだとか。エンティもかなりいい加減な仕事のようで少し憤りを感じる。
「ああもうそんな時期かぁ。世話になったよあんちゃんの所の製品には。ティア! お迎えが来たぞ」
不安は池田さんに会った時点で払しょくされた。確かに見た目はかなりいかつい人ではあるがとてもやさしそうな人間で安心した。部屋の奥に【ティア】と叫ぶと、奥からエプロンを着た女性が歩いてくる。金髪の綺麗な青色の瞳を持ったエンティアが姿を出す。
「初めまして。テックレントの水月と葵と申します。ティアさんの回収の件で参りました」
「・・・回収。そんな時期だったんですね」
ティアは笑顔でこちらに対応してくれるが明らかに元気がない様子だった。彼女なりにここが気に入っていたのだろう。ロボットとはいえ人と同じ心を持つ、いわば一つの生物ともいえる存在だ。こうやって唐突に回収宣言をされる思いは僕には計り知れない。
「仕方ないよ、それだけ君との5年間は楽しかったというだけなんだから」
「待ってください。まだ回収期限が1週間あります。あと7日まではまだ―」
水月がそう彼に、池田に打診するが彼は首を横に振って拒否する。
「いや、大丈夫。君らにまたここに来てもらうのも迷惑な話だし。今日はちょうど俺もいるしな。あれだろ? サインとかまたしなくちゃだろ。これから仕事上忙しくなるから」
仕事、それは恐らく裏社会の何かの言えない仕事なのだろう。池田は笑みを浮かべてそう言う。
「いいんですね・・・。エンティアの設計上、回収作業が始まった時点で止められませんし、記憶もなくなります。その時点で本当にお別れになります。1晩だけでもお別れの時間は」
「大丈夫、ありがとう。でも、もう俺はこの子から数えきれねぇほどの時間を貰ったんだ。悔いはない。ティアも、いいか?」
「私はもちろん、貴方がそういうのなら。従いますから」
「最期までいい子だなぁお前は・・・。叶うなら、もう一度あんたをレンタルしたいものだ」
「すみません、ルール上悪用厳禁のため同じ個体のエンティアはレンタルできない仕様なもので」
と、僕は思いがけず飛び出した言葉に蓋をしたが遅かった。すでに僕の口から出た言葉は池田の耳に届いて、こちらを睨むようにして目にとらえる。
「兄ちゃん、わかってるよ。わかってるからこそじゃねぇか。二度と逢えねぇってわかってるからこそ、そんな願望が湧いてきちまうってもんだ」
完全に怒られると思っていた僕は、その言葉を聞いて唖然とした。ここまでできた人間はそういないだろう。僕が逆の立場だったとしたら、どうなのだろうか・・・。
回収の準備が始まる。回収は至って簡単だ。車の荷台に積んである回収用の特殊キットに対象を寝かせて、回収用のプログラミングを実行する。そしてそれは、エンティア全員が利き腕に着けている時計で操作を行う。これは回収の期限を示す指標となるもので、回収の際はここから記憶抹消と現在組み込まれているプログラムの完全消去を施す大事な部分となる。
「では、回収作業に入ります。池田 明弘殿。貴方は本日4月19日 10時40分を持ってエンティア8545号の返却を株式会社エンティに同意したとみなし、当社テックレントに回収の委託を委任されることとします。また、永久的にこの個体に対する、保有権限を破棄したとみなします。以下、同意条文に基づいて契約満了の旨を承諾されますか?」
「・・・ああ、する。承諾する」
変わらない表情、池田は曇りのない瞳で横たわるティアを見つめる。ティアもまた池田の眼差しから目を離すことなくじっと見つめていた。
「では、消去実行まで30秒ほど時間がありますので。その間お2人だけでお過ごしください」
「え?」
水月の言葉に僕は驚く。なんでか、そんな工程マニュアルにはないからだ。常識で考えてみてもそうだ、その30秒でプログラム実行を邪魔されるかもしれないし、一緒に逃亡の可能性もある。そんなのリスクが高すぎるからだ。
「いいのかい? そんなことして。逃げちまったりしたらどうするんだ?」
「池田様はそんなこと、しないと思ったので。40秒ほどで抹消プログラムが実行されますから、その間私たちはあちらにいますので」
「そうかよ・・・」
僕は水月に手を引かれて車から離れる。僕は池田に聞かれない程度の声量で彼女に質問した。
「なんでこんな真似を? リスクすぎませんかさすがに」
「私は回収の際はいつもこうやってます。これが契約者とエンティアのためなので」
「ためって・・・。エンティアはこんな記憶なくなるじゃないですか。それに契約者のためって言いますけど、この時間で心変わりして引きづってしまう場合もあるんじゃないですか?」
「しっ」
人差し指を口の前に立てて水月は池田のほうを指さす。
池田は泣いていた。さっきの状況から考えられないほどに膝づき、回収キットに横たわるティアの腕を両手で持って、それに額をつけるようにして泣いていた。それをティアは呆れたような、ただそれでも嬉しそうな顔で介抱する様子が見て取れた。
「なんで・・・あんなにもう、悔いはないって。エンティアに対してあんまり思い入れはないと思ってたのに」
「建前と本音は違うということです。彼はティアを、確かに最初は道具として雇ったのだと思います。ですが、名前を付けて苦楽を共にして、仕事から帰ったら家に彼女がいる。そんな存在が彼をここまで変えたんだと思いますよ」
「変えたって・・・まるで見てきたみたいにいいますね」
「実際見てきましたから」
「え?」
そんなどういう意味かを聞きたくなるようなことを言う水月を横目に。ティアの時計から青白い光が漏れ出して、辺りを照らした。それは本当に一瞬で、そしてそれの意味することはつまり、ティアの記憶消去とプログラムの抹消も無事に終わったということだ。
「あんたのおかげで、ティアに最期の別れをつたえることができたよ」
「よかったです。本日は、お時間を作っていただきありがとうございました」
水月は深々と頭を下げて、僕もそれに合わせて礼をする。池田は頭を掻きながらこういった。
「水月ちゃん、ありがとうな本当」
「何のことですか?」
「・・・ああ、そうだったな。そういう約束だった。いや、本当にありがとう。いい、5年間だった。俺にはもったいないくらいに、充実した5年間だったな」
「また、株式会社エンティのエンティアをご利用ください」
「はは・・・。ああ、また気が向いたらな」
そう言って彼は背中を向けて自宅に歩いて行った。
これが僕にとっての初仕事、初めての回収。だがその終わり際は水月が以前言っていた、想い出を引き裂く、哀しみを強要させる仕事。それを痛感させられた仕事でもあった。
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