2話 歓迎会

 僕は運よくテックレントから来ていた女性の先輩である水月という人物の車に乗せてもらうことができた。あれから謎のやり取りがあったもののなんとか一緒についていくことが許可されてこうして助手席でじっとしているわけだが。


 運転する彼女の横顔を見る。整った顔つきだが、どこかで見たことのあるような顔だと思う。だけど記憶を辿っても行きつかない。


「あの、なんでさっき聞こえないふりしてたんですかね・・・?」

「・・・」

「て、テックレントってどんなことする会社なんですか? 僕出向してきた感じなんで業務形態とか全然わからなくて・・・」

「・・・」

「えっと、僕たちどこかでお逢いしたことありますかね・・・?」

「あの」


 急に口を開き、こちらを睨む水月。


「運転に集中できないので、話しかけないでもらえますか」

「・・・はい、すみません」


 まるで凍てつく吹雪を食らったかのように背中を凍らせた僕は、会社に着くまでの間生きた心地のしないまま身を車に任せた。




「君がエンティから出向してきた、えっと・・・。誰だっけ・・・えっと」

「課長・・・。葵さんです」

「ああそうそう、葵くん、ね? 結構若いけど大丈夫?」


 僕たちはテックレントの事務所に付き、さっそく課長なる人を探して挨拶に上がった。想像はしていたが、東京のほうでもかなり端っこの地域にある会社なので、見た目はかなりボロい施設のようだ。木造建てで火災が起きれば一気に燃えそうな。2階建てで、課長室は2階の奥にあるようで案内を渋々受けてくれた水月に付いて行った。


 僕は名前を呼ばれた勢いで声を上げる。


「はい! 22歳です、元気だけが取り柄の新社会人です!!」

「おお元気がいいなぁ。これは期待の新人になりそうだね奥村君!」

「そうですね。早めに殉職しないでもらいたいですね」


 いきなり物騒な言葉を放った奥村という人物。黒髪でショート、左目が垂れる髪で見え隠れするのは大人な雰囲気を醸し出している。きっと課長の愛人か何かなのだろうと勝手に想像を膨らませる。課長が禿げていてふくよかなのもその想像の助けになっていた。


「水月さん、お疲れ様でした。葵くんを連れ出してくれて助かりました」

「いえ、たまたま拾っただけなので」


 なぜか課長室の外の廊下で待機する水月に向かって奥村が感謝の言葉を言う。水月の声だけが廊下から聞こえてきたときに、課長は腰を上げて小さな声で言った。


「葵くん、水月さんに何かしたの? 怒ってるみたいだけど」

「やっぱり怒ってますかね・・・。何かした覚えはないんですけど」

「水月さんは結構おしとやかというか、怒りにくいイメージだから、意外だね。ね、奥村君」

「そうですね。私も彼女があんなにも動揺しているのは初めて見ました」


 あれは動揺というものじゃないような気がするが。ともかく、遅刻した謝罪がまだだったので僕は一歩引いて謝罪した。課長は笑って許してくれたが、奥村はかなり顔に不満そうな表情を浮かべていた。



「会議室であなたの歓迎会を開くみたいです。1階にあるのでついてきてください」

 そういって再び案内してくれる水月についていく僕。廊下の老朽化も激しいようで、いたるところにカビやら雨漏れの形跡があり、いよいよまずい会社なのではと思い始めていた。

 そして僕のその予感は決定的なものになる。


「んだよお前! 先月は俺が成績1位だったんだからコーヒーくらい注いで来いよ三十路女が!」

「あんたが1位になったのも一ノ瀬くんの成績奪ってたからでしょ?! ズルしておいてよくそんな口が利けるわね! あんたほかの支部からなんて言われてるか知ってるの?! ペテン師飯田よ覚えておきなさい!」


 訳の分からない罵声が繰り広げられる会議室の現状に僕は完全に後ずさってしまっていた。前に佇む水月はさもいつも通りの光景だと言わんばかりに表情を一切変えることはなかった。そして、そのまま何も言わずに喧嘩をしていた女性の隣へと静かに座った。


「あら水月、帰ってたの。もしかして、あそこに立ってる子が新人君?」

「はい」


 喧嘩をしていた女性が水月にそう言って、彼女はこちらへと駆けてくる。遅刻を怒られるかと思っていた矢先、女性は満面の笑みでこう言った。


「よく来てくれたわ! 私は灰塚って言います。10年くらいここで働いてるから困ったことあったら何でも言ってちょうだいね」


 明るい茶髪にショートボブなのが印象的な女性、灰塚。見た感じは30手前くらいの容姿だが、喧嘩していた男から三十路と言われていたので30は超えているのだろう。化粧もあってか全く見えない。20歳と言われても多分信じてしまうだろう。


「そいつに頼るとろくなことにならねぇよ。葵、頼る人間は慎重に選べ、な?」

「は、はい」


 馴れ馴れしくも肩を組みに来たのは、灰塚と喧嘩していた男、飯田だ。ガタイのいい黒髪のマッシュ系のパーマが印象的な男だが、見た目のチャラさからは見えないが彼も10年の暦があるらしく、年齢は課長に次いでの年長者である46歳らしい。大大先輩で僕の腰も流石に引けてしまう。


「ちょっと飯田君、あんまりしつこく絡まないでよね。3年ぶりの新卒なんだから大切にして」

「なんだ灰塚、俺が新卒くんを大切にしないと言いたげな口ぶりだな」


 また喧嘩が始まりそうだったので、僕はそそくさと彼の肩から脱出して水月の座る椅子へと近づく。


 彼女の隣に座ると、そのまた右隣にいた男が僕に声を掛けてきた。


「初めまして、俺は一ノ瀬。ごめんねうるさくて、俺は飯田さんのパートナーとして仕事してる。ああ見えて灰塚さんも飯田さんも久しぶりに新卒が入ってきてくれて嬉しんだと思うよ」


そう言ってきたのは、かなり若そうな見た目の男。短めなセンターパートが特徴的でおとなしそうな印象を受ける。彼は2人の喧嘩は日常茶飯事だと語った。


「喧嘩、してますけど。大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫。喧嘩するほど仲がいいっていうし、あれだよあれ、犬猿の仲」


 2人の言い合いは過熱し、飯田は灰塚に向かってテーブルにあったクラッカーか何かを鳴らして威嚇しているようで、轟音が狭い会議室に響き渡る。

 こんな職場で僕はやっていけるのだろうか・・・。そんな心配をよそに、そのまた奥の椅子から声が聞こえた。


「はいはーい! あたしのことも覚えてほしいです! 一色って言いまーす! 初めての後輩で結構緊張してます! よろしくね、葵くん!」


 明るいオレンジ気のある長い髪、それをポニーテールにして束ねている彼女は一色というらしい。


「はい! 一色先輩ですね。よろしくお願いいたします」

「・・・くぅ、ついにこの会社でもあたしにも後輩が・・・! あたし、初めてこの会社に入ってよかった!」

「落ち着けって一色。そんな大事な後輩君が引いた目でこっち見てるよ」


 一ノ瀬が呆れた顔でそう指摘する。それでも一色は僕の入社が嬉しいのか、こっちまでわざわざ駆け寄ってきて握手を交わして来た。


 この会社には変な人しかいないのだろうか。そんなことを思っていた矢先、再び会議室の扉が開かれる。そこには奥村と課長の姿があり、この状況を理解できずに課長は立ち尽くす。奥村が深いため息をつきながらこう言った。


「いい大人が何をしているんですか」


 灰塚と飯田は何も反論することもできず、持っていたクラッカーをそっとテーブルに置くことしかできなかった。




 その後歓迎会が終わり午後へ突入した。午後は本格的な業務のオリエンテーションが始まる。育成係としては僕が今朝お世話になった水月に、後輩ができて感極まっていてた一色が担当になり、このオリエンテーションの主催者にも抜擢された。不安でしかないのだが、ここは身を任せることにする。


「それでは、第一回テックレント第8回収課のオリエンテーションを始めます!」


 同じ会議室の中央のテーブル。それを間に挟み僕と水月は相対する形で座る。そして正面にホワイトボードがありそこに一色は黒のペンで色々かきこんでいく。


「ところでさ、葵くん。葵くんはなんでこの会社に入ったの?」

 ホワイトボードに記入しながら一色がそう語り掛ける。いきなり質問が来るとは思わなかったので一瞬硬直したがすぐに返答した。


「実は僕は親会社のエンティ本社で働く予定だったんですけど。色々あってテックレントに出向って形で働くことになったんです。なんでここはどういう会社なのか正直、わかってません」

「・・・マジか」


 書いていた手を止めて一色は唖然とした表情でこちらに振り返る。水月に関しては一切表情を変えずにただボーと机を見つめたままだ。


「ど、どんまい」

「え?」

「いや、なんでもない。大変だろうけど頑張ろうね!」


 一色の苦し紛れの顔が妙に頭から離れず気になったが、僕はそのまま会社説明兼業務の流れと概要を教わることにした。


「まずテックレントは親会社であるエンティの子会社になります。5年前に買収されたテックレントは元々民間警備会社でした。そして今、メインでエンティから委託業務として任されている仕事はずばり、エンティアの回収になります」


 どこから出したのか、一色は黒ぶちの眼鏡をして人差し指でくいっと上げる動作をする。本人はかっこいいと思っているのだろうから何にも言わないが、初めての育成ということで気合が入っているのだろう。


「エンティアは、当然知ってるよね。人の心を持つアンドロイド、青色の瞳に回収の端末でもある利き腕の反対に装着されている時計。これらだけがエンティアと人間を区別できるポイントになります、そんな技術を持っているのが株式会社エンティなの」

「15年前に突然特許申請して、世界中にエンティアが派生したときは驚きましたね。当時の記憶が曖昧ですけど驚いたのを覚えています」


 そう僕が返したとき、初めて水月が僕に顔を向けた。僕はニコッとはにかむが、彼女は再び顔をそむけてしまう。なんでここまで避けられているのかわからない。

 一色は咳ばらいをして続ける。


「基本エンティはアンドロイドを貸し出して貸与契約させることで売り上げを上げている会社。それは医療、建築、介護に警備、そして今では家族としてエンティアは受け入れられています。そして、エンティアの活動寿命は基本的に5年。その期限を過ぎる前に回収することが私たちの仕事になります」


 一色はそれらをわかりやすいようにホワイトボードに細かく分けて書く。それを僕と水月は傍観してみていると、一色がこう言葉をつづけた。


「ちなみに、葵くんは活動寿命を過ぎたエンティアが、どんな末路を辿るか知ってる?」

「いえ、見たこともないですし暴走したっていうケースもあまり見たことがないですから」

「そっか。6年前の池袋のエンティア暴走事件のこと覚えてる?」


 6年前、薄っすらではあるが覚えている。回収期限を1か月過ぎたエンティアが池袋の水族館でテロ行為をして、延べ6人が死亡。30人余りが重軽傷を負った、エンティア史上最大にして最悪の事件。それから数年あまりエンティアに対する危険意識が日本の中でも高まったが、警備会社であるテックレントをエンティ側が買収したことで、こういった危険性はほぼほぼ無くなった。テックレントはそれほどまでにエンティアに対しての回収能力は凄まじく、確実な成果を上げているようだった。


 一色は持っていたペンを置く。そしてゆっくりとした口調でこう話した。


「あの事件で世の中にエンティアの危険性が露呈したわけなんだけど。暴走したエンティアは完全に理性を失って周りの人間に攻撃的になる。結局暴走事件の時は当時まだ独立してたテックレント警備隊で鎮圧されたんだけど。それから法改正もあってエンティア絡みの契約にはいくつもの条件と、法的な回収義務が生じることになった。つまり、私たちテックレントは政府公認の回収部隊ってこと」


 格好よく言う一色はニコッと笑顔を見せるが、すぐに声音を落として言葉をつづけた。


「かっこつけたけどね、葵くん。この仕事には覚悟を持って臨んだほうがいいよ」

「それは、どうしてですか」

「・・・それは」


 言いたくなさそうなぎこちない表情を浮かべて、一色は水月のほうへ視線をやる。水月はそれに気づいたのか、彼女のほうを一瞥してため息をつきながら立ち上がる。

 水月は僕のほうへ体を向けて言った。


「葵くん、あなたは大事な恋人と明日、二度と会わないでと言われたらどう思いますか」

「恋人ですか?」

「恋人じゃなくても、家族、友人、仲間。ある日突然別れを告げられたら、納得できますか」

「それは・・・」

「もちろん、今の例では単純な比較はできません。エンティアの契約の際5年後の返却義務は生じ、それに対する同意書もその際に説明されて署名もする。私たちがする回収業務は違法でも何でもない、そもそも契約者自身が当時結んだものです。ですが、人間も情が移り、家族として接してきたエンティアに、別れを強要されたら。人間はいつだって、愚かです。家族を守るためならなんだってする人間も一定数います。私たちテックレントはそんな契約者たちとの対峙を多く迫られる」


 小さい子供の世話係としてエンティアが担当することもあると聞く。実際街を見かけても仲睦まじい姿を見ることがある。まるで本当の家族のように。そんな子供に、この仕事は別れを強要させることになるのだと思うと。僕は嫌な汗を背中に感じてしまった。


「そして想い出を引き裂く、哀しみを強要させる汚れ仕事。この仕事はそう呼ばれています」


 水月は淡々とそう告げた。

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