アンドロイドな君の瞳と、機械仕掛けの短針
しのふ
1話 桜散る前の物語
あなたには大切な人はいますか?
家族、友人、恋人、仕事仲間、パートナー。大切な人と言ってもその種類は千差万別。道ですれ違う人間それぞれに大切な人間はいるはずだ。
僕たちの仕事は、そんな大切な人たちの絆、記憶、そして想い出さえも引き裂く。
憎まれることもあるし、心無い言葉も浴びせられることだってある。だけど、今の僕はこの仕事に対してやりがいと誇りを持って接している。いつだってこの仕事には別れや悲しみが付き物だけど、それを少しだけでも取り除いて悔いのない最期を迎えさせてあげることが、僕たちの使命なのだから。
「これ、私の言った言葉そのままじゃないですか。なんで自分の名言みたいにして日記に書いてるんですか?」
「それは・・・、自分でも響いたんだからいいだろ別に・・・」
「まぁ、いいですけど。言った私が言うのもなんですけど、この言葉すごく恥ずかしいのであんまり使いまわさないでほしいです」
そう言う水月はベッドの上で僕から奪い取った日記を手に怒る。だけどその顔は本当は、怒ってるんじゃなくて照れてる顔だ。この1年の付き合いで僕は彼女のことをある程度ではあるけど、理解できるようになっていた。
「日記、続けるんですか」
「うん、最期まで。僕が回収されるその日まで、書き続けるよ」
「そうですか。葵は飽き性なところあるので、期待はしませんけど」
「それは否定できないなぁ」
2人してくすっと笑う。もう深夜で外も暗いのにこんな狭苦しいところで僕たちは意味も分からず笑い合った。
僕は1か月後死ぬ。生物学的な意味な死ではない、ただ事実としてこの世から存在が消えることが確定している。それは揺るぎようのない決定事項だ。だからだろう、こんなにも自分が人生で唯一愛した人と一緒にいる時間が恋しくて、たまらなく切ないのは。
今から語ることは僕の日記にも書いている史実。誰にも語られることのない、彼女1人に当てた物語だ。
1年前。
4月1日。
僕、葵22歳。新社会人である僕は今日、初めての出社日を迎えた。
クリーニング仕立てのスーツにネクタイをスッと締め付け、誰もいないマンションの玄関で大きくいってきますの挨拶をする。リュックを背負い駆けだすと、視界を遮るほど眩しい太陽が目に飛び込む。
東京、新宿。僕の所属する会社、エンティの本社はここに位置する。対して僕は家賃の影響で東京の中でも郊外からの出勤となるわけで、辛くも満員電車のお世話となることが確定していた。電車に揉まれながらなんとか耐えて、最寄り駅に降りた僕はめまいがするほどの往来にも目を回しながら駅の外へ出る。
街中にはさまざまな人が往来し、僕のような新社会人ぽい人間もいれば、若さを醸し出す学生が遅刻寸前なのか走り抜ける姿もある。
見慣れた景色でも初出勤だからかすべてが彩りを放って見えていた。
だが、そんな見慣れた光景も最近ある変化が表れ始めた。
「人型福祉アンドロイド、エンティアはここだけ! 新生活応援キャンペーン実施中! あなたの生活をエンティア中心の生活でサポート!」
走り去るトラックからそんな広告の声が流れ始める。そのトラックには液晶もついておりそこから映像が流れる。僕が入ったエンティの広告だ。企業調査の一環で何度この広告を見入ったことだろう。
日本、いや世界中が今やこのエンティアという人の形を模したアンドロイドを中心とした生活を基盤としつつある現代。街中どこを見てもアンドロイドは人間の生活の中で浸透していた。
「いらっしゃいませー! 朝メニュー終了まで残り30分です。最後尾はこちらです!」
あるカフェからそんな元気のいい声が聞こえる。看板を持った少女が見えるが、彼女もエンティアだ。人間と瓜二つ。青色の独特な瞳がエンティアである証拠だ。遠目から見ただけでも分かる瑠璃色の綺麗な目は僕のほうを見てこう言う。
「お兄さん! 出勤前に一杯いかがですか? うちのコーヒーは格別でして!」
「い、いえ結構です・・・! 急いでるので・・・!」
こういう自然な会話すらもエンティアは淡々とこなす。独特は瞳と彼らがしている腕時計型の制御端末が無ければ人間と見分けなんてつかない。そんな技術を株式会社エンティは持っていた。そんな会社の営業法人課へ、僕は今日配属となる予定なのだ。
将来性もあり、インセンティブや福利厚生豊富なこの会社に入れた僕はラッキーだ。
しかも法人なので基本土日祝や長期休暇もある。こんなの、ホワイトに決まってるだろう!
そう、僕はウキウキしながら出社した。
「えっと、言いにくいんだけど君の勤務先はエンティ本社じゃなくてその子会社のテックレントだよ」
ウキウキで出社した僕に放たれた言葉はそんな理解の及ばない言葉だった。
大きなビルの玄関オフィスで僕は止められ、受付が上長に確認するといった矢先、奥から上長っぽい人が現れてこれだった。
「どういうことですか? 僕は確かに御社の営業法人課で」
「枠の締め切りがあったんですよ。営業法人課は倍率もかなり高いですしね。ご連絡差し上げたかと存じますが」
記憶がない。いつそんなこと言われた? と思いスマホのメールを片っ端から拾い上げる。
確かにあった。数カ月前に届いた一文、枠締め切りのため一部社員の待遇は出向扱いになる、と。
このメールを見逃した僕は、内定の連絡を営業法人課としての内定と勘違いしてしまっていたわけだ。
「・・・テックレントって、あの警備会社のですよね。出向って、どれくらいで戻れるものなんですか」
僕は上長ぽいひとに半ば助けを乞うような形でそうつぶやく。
「テックレントは殉職率も高いから、戻ってきた人はあんまり」
殉職する可能性がある会社への出向、僕のバラ色の社会人生活は1日目にして崩壊したのだった。
「どうしよう・・・普通に遅刻だし。テックレントって、どこだよそもそも」
僕はビルから出るなり膝から崩れ落ちていた。朝は心地よかった太陽も、今では灼熱と化し僕のスーツに熱を帯びさせる。それがたまらなく居心地が悪く僕は思わずスーツを脱ぎ捨てた。せっかくクリーニングしたのに。
「はい、今から会社に戻ります。はい、はい。新人がですか? 私は見てませんが、初日から遅刻は中々肝が据わってますね」
そんな声が隣から聞こえてきた。どこかの制服なのか、黒と白を基調とした上下の制服に短めなスカート。見入ってしまうほどに際どい。だが動きを大事とした設計になっているのだろう。そんな見たことのない制服を着た女性が電話しているのが見える。内容からに僕と一緒で初日から遅刻した新人がいるのだろう。僕と同じ境遇の人間がいるのだと知って内心ほっとした。
「こちらには来てないと思いますけど。一応受付の人に確認してみますが、期待しないでください。名前だけ頂けますか」
「あおい、くんですか」
心臓が飛び跳ねる。自分の名前を呼ばれてまさかとは思ったが、まさかのようで。よく制服からはみ出ている名札を見て見ると、テックレントと書かれたプレートがあった。
女性は紫紺の瞳と桃と白が混ざったような、肩よりも少し長い髪を浮かせてこちらを見る。僕と彼女の視線が合い、時間が止まったような感覚に陥る。
「あ・・・えっと」
彼女は何も言わない。目を見開いたような顔でただ僕を見ていた。どんな感情なのか、彼女の表情は読み取れない。眉をひそめて、ただじっとこちらを凝視する。
「もしかしてテックレントの方ですか? 僕新入社員の葵と言います。すみません、間違えてこっちに出社してしまったみたいで」
「・・・」
「あの・・・」
「・・・もしもし、課長さん」
そして彼女は僕から背を向けてこう言った。
「やはりこちらには出社していないようです」
「いやちょ! 僕です葵です! 新入社員の葵です!!!! き、聞こえてますよね!?」
「・・・いえ、気のせいです。多分同じ名前の子供か猫かが喧嘩してるのでは」
「課長さん電話越しに聞こえてるんじゃないですか?! 今日からお世話になります葵です! なんで、なんで無視するんですか!」
こんなわけのわからない出会いが、僕と水月の馴れ初めだった。
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