アンドロイドな君の瞳と、機械仕掛けの短針
しのふ
1話 桜散る前の話
僕は録画ボタンを押してカメラの目の前に座る。
こうやって自分の動画を撮ることなんてなかったから、録画が始まっても何を言えばいいのかさっぱりわからなかった。だから頭を掻きながら視線をレンズから逸らして言う。
「こういうのって、なんかやっぱり照れくさいな。笑わないでくれよ、頼むから」
私はそう言う彼の言葉の一言一句を聞き逃さまいとモニターに集中した。
だけど、すぐに視界は霞んでしまう。
「約束、守ってくれたんですね」
笑顔でそう言う彼女は、泣いていた。
これは俺と彼女だけが知っている桜散る前の物語だ。
「ああぁああ! もう時間ないってのに・・・! 一体どこだよ僕のネクタイは・・・!」
20xx年、4月1日。今日から僕、葵は株式会社エンティという会社に新卒枠で入社した新社会人だ。今日が初出勤日で昨日は楽しみすぎて眠れない夜を過ごしていたのだが。
「今日に限ってなんで寝坊しちまうんだよ・・・」
そう、見事に寝坊したのだ。遅刻しないようにとアラームを数回に分けてかけたり電気をつけっぱなしで寝たのにも関わらずこの始末。昔からのこの癖は社会人になったと言えど変わることはなく。僕は大急ぎで支度する。
今は8時半、始業時間は9時だ。電車で片道20分なので、5分で出ればギリギリ間に合う。
髪をセットする余裕も持ち物を確認する余裕もなく、僕は身だしなみをある程度揃えた段階で家を飛び出た。
「いってきまーす!」
誰もいないアパートの扉を閉める際にそう叫ぶ。が、鍵を閉め忘れていたことに階段付近で気づき慌てて戻る。最寄り駅まで全速力で駆け抜ける。
遅刻しているというのに、なんて綺麗な朝なんだろう。僕は太陽が降りしきる東京の街並みを見てそう感じた。
「次のニュースです。株式会社エンティが、先日、業績が低迷していたアナフィを買収し、業務委託を提携したことを公表しました。これにより株式会社エンティの株価は先日からかなりの勢いで高騰している模様です」
電車に揺られながら僕が所属するエンティの情報が流れてきた。天井にぶら下がるテレビを注視して少しでも内容を確保する。もしかしたらこういう情報も会社内で知っておけば何かとアドバンテージになるかも。
「高梨さん、エンティの今後の動向をどうみられますか?」
「まぁ、今の時代株式会社エンティが提供する自動福祉人型ロボット「エンティア」の存在は欠かせないものですからね。子供からご年配の方にも今ではエンティアが中心の生活になりつつありますから。そこに数年前に民間警備会社のテックレントを買収して傘下に収めたのはとても大きいですよ。何と言っても、エンティアの最大のデメリットは暴走した際の危険性にありますから。テックレントの警備力とアナフィの技術力があれば、近い将来エンティアの将来性は決定的なものになるでしょうね」
だが内容は昨日漁ったネットニュースに載っているものばかりで、聞いていてもしょうがない内容のものばかりだった。イヤホンをして僕のお気に入りの新月の舞という曲に聞き入った。
「ちょっと! あなた、私の体触ったでしょ?!」
突然電車内からそんな荒声が聞こえてきた。何事かと思って装着していたイヤホンを除けて騒ぎのほうをみやる。制服を着た女と中年の男性が言い争いをしているみたいだ。痴漢騒ぎだろう。
「いやいや、してねぇって・・・。 お前みたいな不細工、俺の好みじゃねぇんだよ」
言い争いはエスカレートし、かなりの大声が電車内に広がる。すると、1人の女性がその間に割って入った。
「ちょっと・・・! いい加減にしてください、ここ電車の中ですよ? 赤ちゃんもいるんですからもう少し声を―」
「うるせぇ! 部外者は引っ込んでろ!!」
刹那、仲裁に入った女性を中年男は躊躇もせず頬を叩いた。甲高い音がここまで響き、女性は体を倒す。僕と同じようなスーツ姿の女性は、恐らく新社会人なのだろう。あまりに非道な光景にさすがの僕も苛立ちを覚えていた。だけど、僕がここで仲裁に入っても意味はない。
だって彼は、暴力を振るったのだ。そうすれば当然、粛清が下るのが世の末だ。
「おい、あんた。今女性を殴ったよな?」
「あ?」
中年男はある男性に声を掛けられた。と思った瞬間、中年男の体は床に勢いよく叩きつけられて身動きの取れない状態にされた。
これがこの日本の生活環境の中心に位置する存在、「エンティア」だ。
「クッソが・・・! 警備エンティアがなんでこんな電車にいんだよ・・・!!」
「覆面パトロールも我々の仕事ですから。乗客の皆様は落ち着いて! 私たちにここは任せて、倒れている女性の保護を優先してください!」
日本だけじゃない、この世界丸ごと今は自動福祉人型ロボット エンティアを中心に回っている。警備に福祉に家政婦に教師。様々な分野で活躍する彼らは、僕が所属する株式会社エンティの所有している商品だ。30年前に突然特許を申請したエンティは、見る見るうちに事業を拡大。最初は飲食店の受付しかできなかった直立不動のベッパーちゃんから始まり、徐々に活動分野が広がって、今は完全に人間の生活の一部となって溶け込んでいる。
そして僕の所属するエンティの営業課は、法人にエンティアのメリットと価値提案を訴求し提携を結ぶことを目的とした組織。会社の中でも中枢を担う大きなグループだ・・・! 年収は優に1000万を超え、1年目の平均年収は700万! ボーナス100万が2回あり、インセンティブも豪華。営業成績によって歩合が貰えて、成績を上げるごとに年収も上がる。そして何よりも、福利厚生が―。
「あの・・・」
「は、はい?」
突然乗客の人間に声を掛けられて僕は意識をハッとさせる。
「そこの席、こちらの女性に譲っていただけませんか? 倒れた影響で体調が優れないみたいで」
「あ、はい」
会社に着くまでの間、僕は泣いている仲裁に入った女性を正面にして吊革に揺られることとなった。
「ごめんだけど、初日で子会社に異動になったから。よろしく」
「・・・・・・・・・・・・へ?」
出社した当日、遅刻の弁明をさせてもらう前に、僕はエンティの玄関の前でそう宣告された。
「実はうちの人事部の手違いで、新卒枠がすでに締め切られちゃっててね・・・。突然こんなこと言われて困惑するとは思うんだけど、一応形式上子会社のテックレントに出向って形になるから・・・。今日からそっちに出社するようにお願いします・・・」
異動先、それはまさしく数年前に買収されたばかりのあの名企業テックレントだ!
従業員数は全国で1万を超える大企業! 平均年収は500万の待遇で夏季休暇に加えて有給取得率も100%! 暴走したエンティアの確保や親会社であるエンティからの依頼をこなす警備会社で、危険手当もつく超ホワイトな会社! 時折死人やけが人も出ることがあるこの危険な仕事はそう‼ テックレントだけ!
「新卒絶賛募集中!」
電車に流れる広告に僕は途切れ途切れの意識の中目を見やる。
いや、年収半分だし、危険手当って自衛隊か何かか? 営業法人やるつもりだったのに初日からいきなり出向させられて死ぬかもしれない現場で働けって、ナニコレいじめ? 訴えたら勝てるでしょ。
僕はうなだれながらボソッと小言を言ってしまった。
「なんで僕が、エンティの子会社なんかに・・・」
「・・・っ」
思わず出た独り言に僕はハッとさせて口に手を当てた。周りに人はいない、と思った矢先、左に数メートル離れたところに座る女性を見つけた。
綺麗な白と桃の髪色に凛とした顔立ち。紫紺の瞳にスラッとした姿勢は一目見ただけで見惚れるほどだ。彼女と目がかち合う。綺麗な紫紺の瞳の中に僕の影が映る
桜舞う季節に、僕は彼女と出逢った。
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