王者、福岡私立富滝高校との練習試合9

 俺はベンチで試合を見ていて、さらに落ち込んでいた。どうしたらいいんだ。俺がいないほうが良い流れを作っている。


「樹はどんなゲームをしたいんだ? 理想としている選手はいるか?」


 高宮コーチの声で、ハッとする。つい数分前にも言われたような気がする。


「俺は……」


 俺は頭を抱えた。どんなゲームがしたいのか、全く想像がつかない。答えることができなかった。


「じゃあ、質問を変えよう。どんな選手になりたい?」


 高宮コーチは怒ることもなく、だからと言って押し付けることもなかった。じっくりと答えが出るのを待っていてくれている。


 俺が考えているうちに、気がつけば、26-20で6点ビハインドになっていた。やっぱり俺がいないほうがいいのか。考え方がどんどんマイナスになっていく。


 その間にもゲームは続く。


 拓斗がドリブルをしながら、一旦、落ち着かせた。手を挙げて人差し指を立てた。1本いこうという意味だ。


 拓斗には武田大地たけだだいちがついている。


 拓斗は灯の目を見た。灯にパスするぞと武田に見せたかったらしい。


 実際、武田は灯へのパスカットを試みようとして動いた。


 拓斗はその隙を見逃さなかった。灯にパスすることをやめて、貴にパスをする。


 貴にパスが通る……と思ったら、木谷義孝きたによしたかがカットした。


 カットしたことがわかったと同時に吉野亨よしのとおるがゴール下まで走る。


 カットした木谷が、そのままボールをキープした。木谷は吉野が走っているのを確認し、ロングパスで吉野にボールを投げる。


「OK、きっちゃん!」


 吉野は木谷からのパスをしっかりと受け取ってニヤリと笑う。吉野はそのまま、レインアップシュートを決めた。


「ナイス! ヨッシー!」


 藤田啓太ふじたけいたが吉野に声をかける。それを合図に、元森猛もともりたけるもやってきて、吉野の頭をくしゃくしゃに撫でた。


「よし! ディフェンス!!」


 武田はすぐにディフェンスの準備に入る。


 拓斗も動きを読まれたのか。城伯に足りないものは何だろう。俺がやりたいゲームは一体なんだ。どんな選手になりたいんだ。


 俺は試合を見ながら必至で考える。まずは落ち着こう。そう思ったとき、美香に言われたことを思い出した。


 胸を叩く。そして、拳を……


 そのことに気がついた美香は、俺に拳を突きつけた。


 俺は美香とグータッチをする。


 これで少し落ち着き、丹田を意識した。丹田で考える。目を閉じて神経を丹田に集中させた。


 結局、俺は兄ちゃんに嫉妬しているんだ。兄ちゃんにできることが俺にはできないから。


 だけど、本当にやりたいゲームは、兄ちゃんのような力の抜けたフワッとしたパスやシュート。冷静にゲームを動かせるポイントガード。


 兄ちゃんのような選手になりたい。


 高宮コーチは、チラリと俺を見る。何かを悟ったのか、声をかけた。


「役者になれ。どんな選手になりたいか。その選手になりきるんだ。それならイメージしやすいだろ?」


 俺はゆっくりと目を開ける。俺は兄ちゃんのような選手になりたい。そう思ってバスケを始めた。でも、なれないと諦めていた。


 いや、違う。自分が逃げていた。どんどん離されていく兄ちゃんに。それから、兄ちゃんのプレイスタイルが嫌いだったんだ。


 本当は兄ちゃんのようなプレイがしたい。ならば、兄ちゃんのプレイスタイルをイメージしてみるんだ。


 イメージは現実と非現実の区別がない。また、他人のことをイメージしても、脳は自分のことのように判断する。


 だから、高宮コーチは役者になれと言ったんだ。


「よしっ!」


 俺は再度、美香に向けて胸を叩き拳を突きつけた。美香もそれに応えるように胸を叩いて拳を突きつける。


 美香との言葉はいらない。これだけで美香にも伝わったようだ。


「いけるな? 樹!」


 高宮コーチが聞く。


 俺は力強く頷いた。


「はい!」


 その声を聞いて、美香はニッと笑った。


 高宮コーチは選手交代を告げる。


「拓斗、悪かったな」


 俺は交代するとき、拓斗に呟く。


 拓斗はフッと笑って、拳で俺の胸を叩いた。


「任せたぜ、先輩」


 俺は再び、コートに戻った。

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