王者、福岡私立富滝高校との練習試合8

 俺が複雑な気持ちでいると、高宮コーチは何かを察したのか、手を顎に当てた。何か考え事をしている仕草だ。


 俺の複雑な気持ちが伝わってしまったのだろうか。


 高宮コーチはタイムアウトを要求した。


 ボールがラインを割ったところで、審判が笛を吹く。


「タイムアウト」


 城伯のタイムアウト。5人とベンチにいるメンバー全員で話し合っている中、俺は高宮コーチに呼ばれた。


 高宮コーチは怒ることなく、でも、どこか力強さを感じるような口調で話す。


「樹、何を迷っている? 怖いか? 富滝が」


 俺はドキッとした。高宮コーチに心を読まれている。なんで、高宮コーチは、わかったんだ。


「……自分でもわからないです。でも、なんで俺には才能がないんだって、頭の片隅にあって。自分は自分のバスケがあるって言い聞かせているんですけど。それでも……」


 俺は正直に答えた。


「お兄さんとお姉さんに、どうしても比較するんだな」


 高宮コーチが問う。


「はい」


 俺が返事をすると、高宮コーチは少し考えた。すると、テーブルオフィシャルズに声をかけていた。


 テーブルオフィシャルズはタイマーを動かしたり、審判に選手交代、タイムアウトを知らせる役目がある。


「選手交代だ。拓斗、樹と交代だ」


 高宮コーチは樹の頭をポンッと叩く。


「樹、外から試合を見てみろ。それと理想としているゲームはどんなゲームだ? 誰を目標にしている?」


 俺は考えた。理想としているゲーム、誰を目標にしているか。そこで初めて気がつく。わからない。理想としているゲームはどんなゲームなのか。誰を目標にしているのか。


「ベンチからそれを考えながら、試合を見てみろ。見え方が変わってくる」


 高宮コーチは、俺が考え込んでいるのを見て、再度、頭をポンッと叩く。


「……」


 俺は何も言えなかった。高宮コーチの言う通り、ちゃんとどんなゲームにしたいか理解していない。いや、組み立てることができない。まず、どんなゲームにしたいのか想像すらできていない。


 タイムアウトが終わり、試合が再開する。


 俺はベンチから試合を見守ることになった。練習試合で、こんな不甲斐ないゲームをしてたら、大会のときはどうなる。全国制覇はおろか県でも優勝できない。ショックでバスケの楽しさを忘れそうだ。


 ボールは拓斗がキープしている。ドリブルをしながら、武田の動きをじっくり観察する。


 武田が微妙に動く。


 拓斗はその瞬間、1対1を仕掛ける気だと読んだみたいだ。アイコンタクトで達也に合図してパスをする。


 達也は拓斗の合図をしっかり理解して、ボールを受け取る。達也はその後、ステップを踏み、ディフェンスについている富滝のキャプテン、藤田啓太ふじたけいたのタイミングをずらした。


 藤田が思わず、一歩踏み出してしまい、達也へのマークが外れた。その瞬間を達也は見逃さなかった。


 すぐに藤田は達也のマークに戻るが、達也は既にスリーポイントシュートを放っていた。


 藤田は達也のシュートをブロックしようとジャンプをしたが、ボールはシュパッとゴールへと吸い込まれていった。


「よし! 拓斗! 達也! ナイス!!」


 美香の声が響いた。


 ようやく3点。これで7点ビハインド。


 急いでディフェンスに戻る城伯。


 武田がボールを持つ。


 拓斗は冷静に武田の動きを見極めようとしている。


 ドリブルをしようと左足を踏み出す武田。


 拓斗は、武田がドライブしようと見せかけてパスをすると考えた。しかし、その読みは外れた。


 武田は、拓斗の腰が右にほんの1ミリ動いただけの、わずかな隙間からすり抜けていった。


 慧と貴がダブルチームを作って、武田を止めに入る。


 武田はそこも見逃さなかった。ジャンプシュートをするフリをして、ノールックで吉野亨よしのとおるにパスをする。


「よし!」


 吉野は武田からパスをもらう。


 灯とのマッチアップ。


 木谷が吉野を呼んでいる。


 吉野は木谷にパスをしようとしたとき、木谷は元森猛もともりたけるをマークしている慧にスクリーンをかけにいった。


 吉野が切り込んでいき、シュートしやすいようにした。


 吉野はすかさずドライブして、ゴールに置いてくるようにシュート、レインアップシュートをした。


 でも、そのシュートは慧のブロックによって防ぐことに成功した。


 木谷が元森にスクリーンをかけに行ったとき、すぐにゴール下へと戻った慧は、シュートブロックに間に合うことができた。


「やられた……」


 木谷は舌打ちをする。


「何やってる! 強い、弱いに関係なく油断するなといつも言ってるだろ!」


 富滝のコーチ、岡野コーチが叫んだ。


 俺は何をやっているんだろう。俺がいないほうが良い流れを作ることができるような気がする。ますますネガティブになる。


 どうすればいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る