王者、福岡私立富滝高校との練習試合5

 3週間後、福岡私立富滝高校との練習試合の日がやってきた。


「樹! あんた、今日早いんでしょ?」


 母さんの声がした。


 俺は姉ちゃんに言われてから、恐怖もあるけど、ワクワク感や楽しみのほうが強くなった。


 中学までの俺ではない。武田にもそれを見せつけてやれ。


 俺は食卓へと移動し、朝ごはんを食べる。いつも、母さんは俺や兄ちゃん、姉ちゃんに栄養を考えながら、ご飯を作ってくれてたんだな。誰よりも早く起きて。他の家事もこなして仕事もしている。


 いつも大変なんだな。母さんって。


 朝ごはんを食べ終わったあとは、体がウズウズしてきて落ち着かなくなった。


 楽しみで仕方がない。俺は出かけるまで、ストレッチをしながら、心を落ち着かせた。


「なんか、吹っ切れたみたいね」


 母さんは微笑んでいた。


「えっ?」


 俺は、母さんの笑顔を見て目を丸くした。母さんの笑顔、久しぶりに見るような。いや、俺がいつも母さんの顔を見ていなかっただけか。


「スッキリした顔してる。迷いが吹き飛んだみたいね」


 母さんはなんだか嬉しそうだ。


 母さんも気づいていたのか。俺が悩んでいたこと。それをいつも心配してくれてたんだ。


「母さん、いつもありがとう。行ってくる」


 俺は初めて母さんに感謝の気持ちを伝えた。だけど、面と向かって言うのはすごく恥ずかしい。


「行ってらっしゃい」


 母さんの声を聞いて、俺は家を出た。


 ふー。


 楽しみが勝っているけど、やっぱり緊張感も半端ないな。本当にすぐ緊張するタイプだな。


 一度、学校で集まってから空港へと向かう。


「おはよう、樹」


 真っ先に声をかけてきたのは美香だった。


「おう」


 なんだか照れ臭い。ちょっと美香のことが気になってしまう。


「緊張してる?」


 美香は俺の背中を強く叩いた。


「おいっ、美香、痛いって!」


 あまりの強さに痛みを覚えて、思わず叫んだ。


「ったく、ビシッとしなさい! 男だろ!」


 美香は再び背中を叩く。


 すごく痛いんですけど! でも、まあ、美香の言う通り、ビシッとしないと。スイッチを切り替えるために、俺は頬を強く叩いた。


「お二人さん、仲がいいな」


 冷やかしにきたのは、慧だった。慧はニヤニヤしている。


「なんだよ、慧!」


 俺は慧を睨みつけた。


 なんだか、慧は楽しそうだ。


「おはようございます」


 快の声に、俺、慧、美香は振り返る。


『おはよう』


 声が重なった。こんなに揃うのも不思議だ。


「おはようございます」


 続いて、拓斗と智樹がやってくる。


「あれ? 皆、早いな」


 少し遅れて達也がやってくる。


 灯と貴も来た。


 高宮コーチとは、空港で合流する。


 空港に行くまでの途中、何故か皆の視線を感じる。なんか、無理矢理、俺と美香をくっつけようとしていないか?


「もう、なんなの! 皆して!!」


 俺が言うより先に、美香が怒っていた。


「ただ、中学の時から同じってだけで他に何もないんだよ」


 と、美香が訴えても、全員が信じていなかった。俺ら、恋人じゃないっての。


 そんなやりとりをしていると、いつの間にか空港に着いていた。


 高宮コーチは既に待っていた。


「揃ったか」


 ふっと笑う高宮コーチの姿は楽しそうだ。富滝と試合ができることにワクワクしているというか。


 高宮コーチの正確な年齢はわからないけれど、30代前半、いや、20代後半にも見える。そのくらい若いコーチ。そのコーチが高校生に戻ったかのようだ。


  慧が高宮コーチに声をかける。


「高宮コーチ、なんだか楽しそうですね」


 高宮コーチはイタズラな笑みを浮かべている。


「まぁな。日本一の強豪校と戦えるなんて楽しみだと思わないか?」


 拓斗が高宮コーチを凝視している。拓斗は高宮コーチに質問した。


「明らかにレベルが違う相手とどうして練習試合を組んだんですか?」


 高宮コーチは拓斗の質問に自陣を持って答えていた。


「強くなりたいなら、強豪校と試合して刺激をもらったほうがいい。だけど、強豪校と聞いた時点で動揺していたらいつまでも強くなれない」


 確かに高宮コーチの言う通りだ。ただ、レベルが明らかに違うのも事実。皆、対戦できるわけがないと内心は思っているかもしれないな。


 そんな気持ちを察したのか、高宮コーチは明るく声をかける。


「本当に敵わないと思う?」


 高宮コーチの言葉で、一斉に高宮コーチに注目した。


「サッカーのワールドカップ見たか? 日本は絶対に敵わないと思われていたスペイン、ドイツに勝利した」


 俺はボソッと答えた。


「ジャイキリ……」


 高宮コーチはニッと笑う。


「そう、ジャイアントキリング」


 高宮コーチは人差し指を立てる。


「できないことはない。ジャイアントキリングができるのは、どれだけメンタルをコントロールして強気でいられるかだ」


 達也が拳を握りしめている。


「俺は、ダメ元かもしれないけど、戦ってみたい。今まで強豪校と戦ったことないから」


 高宮コーチは達也の頭をくしゃくしゃに撫でた。


「その気持ちが大事だ」


 達也は高宮コーチに頭をくしゃくしゃにされて、乱れた髪を整えている。


 その姿を見て、俺たちはちょっと吹き出してしまった。


 高宮コーチの目はギラギラしていた。強豪校と戦える喜びもあるかもしれないけど、他にも理由があるような。


 高宮コーチは急に真顔になる。


「まぁ、おまえたちならできる。俺が強くさせてやる。俺も高校の時、ボロボロにやられた悔しさもあるかな」


 なるほど。高宮コーチも現役だったとき、打倒、富滝を目標にしていたんだ。現役のときはダメだったけれど、コーチとして勝ちたいんだな。


 高宮コーチの思いも聞けて、俺は嬉しかった。勝つには、ポイントガードがしっかり試合を作っていかないと。重要だぞ、俺。


 高宮コーチは手をパンパンと叩いた。


「よし、行くぞ。富滝が練習試合に応じてくれたことを感謝しないとな」

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