凄腕のコーチがやってきた16

「ちゃんと勉強しなさい」


 母さんに言われて、返事はするものの勉強に関しては全くやる気がなかった。バスケのこと以外は。


 俺はバスケットボールを人差し指でぐるぐると回した。


 そういえば、股関節を曲げるって言ってたっけ。すべてはここから。でも、股関節を曲げるってどういう感覚なんだ? 股関節を曲げてみるものの、今まであまり意識してこなかったから、感覚がわからなかった。


 膝よりも股関節が大事と高宮コーチは言っていた。家でもできる股関節をスムーズに動かせるストレッチ、トレーニングないかな。


 パソコンを開いて股関節をスムーズに動かせるストレッチ、トレーニングを調べていると、母さんの声が再びする。


「樹! お友達よ」


「えっ? 友達?」


 俺は首を傾げた。慧か? 確かに今日も高宮コーチと練習する約束はしているけれど、まだ時間じゃないぞ。


 俺はとりあえず、玄関に向かう。


「あっ、たかし


 田畑貴たばたたかし。クラスは違うけれど、同じ学年でバスケ部だ。でも、何故、ここに?


「慧が呼んで来いって」


 貴に言われて、俺は首を傾げた。


「慧が呼んで来いって? なんで?」


「俺もわからないけれど、学校再開後に、新コーチがくるから、その前に紹介したいって。外部のコーチだから、授業とかはやらないみたいだけど」


 あぁ、貴はまだ高宮コーチを知らなかったな。俺と慧だけだった。高宮コーチがバスケ部のコーチになることを知っているのは。


「で、他に何か言ってなかった?」


 俺が聞くと、貴は首を横に振った。


 何か意図があって、早めに来いと慧は言っているはず。貴は何も聞いてないのか。


「わかった、行く」


 俺は準備をして、貴と一緒に、高宮コーチと練習した公園へと向かう。


「よっ、来たか」


 慧はにっこり笑っている。


「あっ……」


 バスケットゴールを背に待っていたのは、慧だけではなかった。バスケ部が全員来ていた。


「昨日、教わったことを共有しようと思ってな」


 なるほど。共有するために早めに呼んだのか。慧を見ていると本当に楽しそうだ。


「樹先輩、こんにちは」


 明るい声で挨拶してきたのは、中山ディーノス快なかやまでぃーのすかいだ。1年生。


「快、大丈夫か?」


 俺は快を心配すると同時に驚いた。


 快は、父がアジア系アメリカ人、母が日本人のハーフ。そのこともあってか、谷牧コーチ……いや、谷牧容疑者は人種差別をしていた。一番、体罰を受けている。


 そのため、メンタルもボロボロになっていて、ケアが必要なくらいだった。だから、俺と慧はラインでいつも声をかけていた。だけど、ダメージは大きいから、まだバスケへの復活はできないと思っていた。


「樹先輩と慧先輩のおかげでバスケを辞めずにいられたんです。ありがとうございます」


 快は丁寧にお辞儀した。


 ちょっと照れくさくて素直にありがとうとは言えなかった。


「あぁ……俺はなにもしてねぇって」


「素直じゃないんだからっ!」


 バシッと強く背中を叩かれた。


「いってぇな……!」


 背中を叩いたのは、同じクラスの関戸美香せきどみか。マネージャーだ。


 本当は美香も選手としてバスケをやっていたんだけど、ケガをしてバスケができなくなってしまった。それでも、バスケに関わりたいということから、マネージャーになったんだ。バスケを続けられなくなったのは辛いよな。


「相変わらず仲がいいな」


 と、ちょっかいを出してきたのは、栗本達也くりもとたつや。こいつも同学年。クラスは違うけど。やたらとちょっかいを出してくる奴だ。


「おまえなぁ、別に仲がいいわけじゃないんだよ」


 俺は達也を小突く。


「いや、もう、誰もが知ってるけど。美香ちゃんのことが好……」


「バカッ、何言ってんだ、おまえは!!」


 俺は慌てて口をふさぐ。


 俺が口を塞いだ奴は、伊田灯いだともるだ。奴も同学年。


 達也も灯も何を言ってるんだ。別に美香とは何もない。美香がサポートしてくれていることは、ありがたいけどさ。でもそれ以上のことはない。


「で、共有したいことってなんだ?」


 木野拓斗きのたくとが慧に聞く。拓斗は、城伯高校バスケ部の中では、一番クールな奴。同学年だ。


「あぁ……共有したいことは……」


 慧が説明をすると、すぐに試して驚愕しているのは、原智樹はらともき。1年だ。


 智樹は股関節が柔らかいのか、すぐに全く動きが違うことに気がついた。


「股関節だけで全く違うんだ」


 智樹は股関節を曲げて、ディフェンスの動きをする。今までとは違う感覚に喜んでいた。


 俺もわかるようになるのかな。少し、嫉妬したくなった。

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