凄腕のコーチがやってきた14

 俺はドリブルをしながら、慧の動きを見る。


 慧は高宮コーチの言ったことが、わかったのか、高宮コーチの裏を抜けていた。それも一瞬だった。


 裏を抜けたことに、俺は驚きつつも、慧にパスをした。オーバーヘッドパス。頭の上から出すパスで、慧にボールを渡す。


 あっ、パスが悪かった。


 バシッ


 高宮コーチが慧へのパスをカットした。空中にあるボールをカットすることをインターセプトともいう。


「慧、ごめん」


 パスが出せると思っていた俺が甘かった。高宮コーチは、パスを出すことを読んでいた。


「慧、今の動きはいい。よく抜けた」


 高宮コーチは慧を褒めると、俺のほうに目を向けた。


「あのパスはちょっと惜しかったかな、バレバレだった」


 パスがバレバレ。なんでだ。目で訴えていたか。


「コーチ、わかった、膝だけを曲げようとすると、地に力が伝わらない。だから、股関節からしっかり曲げて腰を落とす。そうすることで、地に力が伝わり、その力が体に伝わる!」


 慧が答えを言うと、高宮コーチはニッと笑った。


「その通り。これが本当の基本姿勢、膝よりも股関節を曲げるほうが重要なんだ。オフェンスもディフェンスも。ただ、前のめりになり過ぎないように注意が必要だ」


「股関節を曲げる……」


 俺は、慧が導き出した答えに感心した。よくわかったな。もっと勉強しないとダメなのか。


「股関節を曲げることで、体重移動がしやすくなる」


 高宮コーチがゆっくりと見本を見せる。


「樹、ディフェンスやってくれ」


「はい」


 樹は高宮コーチをしっかりマークする。


「股関節を曲げることで、大きく動くことができる」


 俺はしっかりマークしていたはずだけど、全くディフェンスさせてもらえなかった。


「あっ……」


 確かに一歩が大きかったように思う。そのため、大きく見せることができて、ディフェンスが怯む。でも、それだけで速い攻撃ができるわけではない。


「まずは大きい動きができるようになるかだな。大きい動きができるようになるには、細かいところに気を付けないといけない。それが股関節を曲げること」


 高宮コーチは、俺と慧に課題を出した。


「さて、まずはこのトレーニングだな」


 高宮コーチは足を前後に開いた。右足が前で左足が後ろ。何をするのだろうと思っていたが、すぐに思いついた。


「体幹トレーニング……」


 俺は呟いた。


「それだけじゃない。バランスも鍛えられる」


 高宮コーチは、後ろにある左足を地面から離した。


 なんという体幹。普通、片足で立つだけでも難しくふらついてしまう。だけど、高宮コーチはふらつかない。凄く安定している。


「ここで感心している場合じゃないぞ。ここから、股関節を曲げることを意識してスクワットだ」


 高宮コーチは平然と片足でスクワットをして見せた。


「本当はバランスディスクがあれば良いんだけどな」


 高宮コーチはそう言いながら、楽々と片足でスクワットをしていた。よく見ると、高宮コーチの言う通り、膝は軽く曲げる程度で、股関節をしっかり曲げているというより、折りたたんでいる。


 バランスディスクって、丸いやつだよな。あの丸いやつに片足乗せて、体幹バランスを強化させる道具。あれを使ってスクワットなんてやったら、絶対、グラグラするじゃん。それだけ体幹がないってことか。俺。といっても、今の俺はどのくらい体幹があるかもわからない。


「あとは……これも体幹バランスを鍛えるし、股関節も動く。今度はボールを使う」


 えっ? 何? ボールを使った体幹バランストレーニング? 聞いたことがない。


 高宮コーチは左右交互に軽く跳ぶ。跳ぶ方向に合わせてドリブルも左右交互に入れ替える。何度か繰り返した後に、ピタッと左足で止まった。そして、左足だけでキープ。そこからシュートした。


 えっ? これ、俺がやるのか? 高宮コーチ、体幹が強い。ドリブルしながら、横に跳んで急に止まってキープ。これってグラグラするけど、全くない。凄く安定している。


「まぁ、それは毎日、合間にトレーニングしてくれ。次、行くぞ」


 高宮コーチは手を叩いて切り替える。


 えっ? なにひとつできていないような気がするけど、次に行くのか。


「樹、高宮コーチはできてもできなくても、10分くらいで次のメニュー行くよ。それもダラダラさせないため。試合ではダラダラ長く同じことしないだろう?だから、できてもできなくても、すぐに切り替えらえるようにするんだよ」


 慧に言われて納得した。


 高宮コーチは、呼吸を整えてから声をかける。


「よし、ディフェンスの練習だ」

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