凄腕のコーチがやってきた12

 慧は、高宮コーチにディフェンスされたことで、余裕がなくなっている気がする。


 身体が硬直している。


 高宮コーチは慧の目をじっと見ている。


 慧はフーッと息を吐いて、自分が抜けるスペースを作ろうと、ピボットをしながら、高宮コーチに背を向けようとする。


 ピボットというのは、軸足を動かさないようにして、軸足になってない足を動かしながら、ディフェンスから逃れるスペースを作ることだ。


 肘はしっかり横に開いて、ディフェンスが来ないようにガードして、ピポットを踏んでいる。


 いつもの慧なら、すぐにスペースを空けてドリブルで抜けていくか、シュートに持ち込むことができるはず。


 それなのに、高宮コーチがスペースを空けてくれないから、慧が抜けない。


 高宮コーチのディフェンスはそれほどしつこい。スペースを空けさせてくれない。


「慧、どうした? どうやってディフェンスをかわす?」


 高宮コーチは何もできない慧に問う。


 慧はピボットをしながら、何か打開策を考えているようだけど、なかなか見つからないらしい。


「アウト! ボールを持ったまま、5秒経ったぞ」


 慧が何もさせてもらえなかった。


 俺は高宮コーチのディフェンスにビックリした。


 完全に慧の進行を防いだ。そして、何もできずに5秒ルールにより、アウト。ボールを持ったまま、何もできないで5秒経つと相手ボールになる。


「よし、交代。慧、ディフェンスだ。樹、よく見て頭で考えてみろ。自分だったらどうするか」


「はい」


 高宮コーチに言われて、一気に緊張感が高まった。


 慧が抜くことができなかった。こんな時、俺だったらどうしていただろう。


 じゃあ、高宮コーチのオフェンスは。慧が簡単に抜かれるのか。


 そんなことを考えていると、高宮コーチと慧の勝負が始まった。


 高宮コーチはすぐにドリブルを始める。慧の様子を見ながら、股をくぐらせながら、ドリブルをしている。


 高宮コーチは慧のどこを見ているのか。


 高宮コーチは急に姿勢を低くして、ドリブルも細かくなった。


 一瞬、高宮コーチは腰を右に動かした。


 その動きに、慧は反応した。でも、その瞬間、高宮コーチは低い姿勢から、脇の下をくぐるように、スーッと抜けていった。


 高宮コーチは、そこから背筋を伸ばして、レインアップシュートに持ち込もうと、1、2で踏み切った。


 慧はシュートをブロックしようとしている。だけど、レインアップシュートではなく、踏み切ったところでフォームを変えた。ジャンプシュートだ。それもフェイダウェイ。


 フェイダウェイとは、後ろに下がりながらのシュート。最近はプロリーグでも高校でもやるようになったシュートだ。特に男子がやるシュートだ。


 高宮コーチはディフェンスもしつこくやっていたけど、オフェンスも速かった。それは何故?


 シュートするまで、1秒かかるかかからないか、そのくらいの体感だった。


 まるで、東京オリンピック2020で、女子が銀メダルを獲ったときに、掲げていたテーマと似てる。


 しつこいディフェンスとスピード。高宮コーチはその2つをこなしている。


「何故?」


 俺は、高宮コーチのしつこいディフェンスとスピードのあるオフェンスに、整理できない頭のまま、必至で考えた。あの場合、俺ならどうする?


 コツでもあるのか……? それとも基本のことができていない?


 俺は頭を整理しようと、心を落ち着かせる。


「何がポイントなんだ……」


 慧も、高宮コーチの動きを探っているようだ。いとも簡単に抜かれたからな。それにオフェンスは何もしてもらえなかった。悔しいだろうな。


「基本中の基本だぞ、何が違うか考えてみろ」


 高宮コーチはすぐには答えを出さず、俺と慧に課題を出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る