凄腕のコーチがやってきた10

 翌日、朝からワクワクしていて早起きしてしまった。高宮コーチと一緒にバスケができるんだ。


 慧を見ていると、本当に高宮コーチとの練習ができることが嬉しいんだと感じる。だからかな、凄く楽しみだ。それに日本代表候補のコーチ。どういうことを教えてくれるのか、想像もつかない。


 俺は飲み物を取り出そうと、リビングにやってくる。


「ん? あら、今日は早いじゃない? どうしたの?」


 母さんが朝ご飯の用意をしている。


「いや、ちょっとさ……」


 俺は冷蔵庫から水を取り出して、コップに入れる。


「まだ、朝5時よ。そんなに早く起きるなんて、何かあったの?」


 母さんは卵を焼きながら、俺をちらりと見る。


「今日から1か月学校が休校だから、自主練してくるよ」


 俺は水を飲み干してから、母さんに伝える。


「わかった。だけど、ちゃんと勉強もしなよ。休みだからって勉強しないと、留年しちゃうよ」


 母さんに言われて、ドキッとした。勉強したくない。なんで勉強をしなきゃいけないんだろう。これって役に立つのかなぁ。


 そういえば、高宮コーチにも言われたな。付き合ってくれるけれど、午後3時からだって。それまではちゃんと自主学習しろと。勉強も大事だと言ってたけれど、俺には何が大事なのかわからない。


 俺は自分の部屋に戻る。まだ、朝ご飯はできないだろうから。


「また寝ないでよ」


 母さんの声が聞こえてくる。


「へいっ」


 俺は曖昧な返事をする。


 俺は部屋に入ると、ベッドの上にドカッと倒れ込む。このまま寝られるかと思ったけど、ワクワク感が強すぎて無理だ。寝られない。


 仕方なく机に向かってノートを開く。だけど、たった5分で勉強に飽きた。あぁ、ダメだ。勉強はできない。


 俺は勉強を放棄してバスケ雑誌を読み始めた。


 バスケ雑誌にはドリブルやパス、シュートのテクニックも掲載している。いつも練習の参考にしている。


 バスケ雑誌を見ていると、兄ちゃんの記事を見つけた。見出しには、村野拓海、いよいよNBA挑戦か? アメリカの大学、NCAAへと書いてあった。


 NCAAはアメリカでは有名なスポーツ大学。プロの選手を目指すための大学だ。バスケだけでなく、いろんなスポーツがある。そんな凄い大学に行こうとしている兄ちゃん。


 羨ましい。俺も高校卒業したら行きたい。俺も兄ちゃんみたいになりたい。兄ちゃんに憧れている。でも、なかなか兄ちゃんに追いつけないんだよな。なんでなんだろう。兄ちゃんとの違いってなんだろう。


 いつも、言われている。兄ちゃんはスピードがあって、正確なパス、どこからでも入れられるシュートとマルチな存在。だけど、弟はテクニックも下手だし、パスが雑。シュートも無理矢理打って外す、判断ミスが多く、スピードもない。兄ちゃんとは全く違うなと。


 俺はそれが悔しかった。いつも、兄ちゃんと比較されて。俺は俺なのに。ずっと言われてきて、モヤモヤしていた。


 見抜いたのかはわからないけれど、高宮コーチは言った。


「おまえはおまえだ」


 この言葉で、俺はなんだか救われた気がする。ただ、まだ、悔しさも残っていてモヤモヤもある。


 俺、一体、何がしたいんだろう。バスケで何がしたい。兄ちゃんを超えたいのか。


 頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。兄ちゃんの話題がメディアに出るだけでイライラしてくる。兄ちゃんは凄いと思うけれど、兄ちゃんのことしつこく取材しすぎだよ。


 あっ、そっか。一番悪いのはメディアか。メディアが兄ちゃんのことをおだてて、俺はダメみたいなことを言うから、嫌になるんだ。


 このメディアを黙らせるには、結果を残すしかない。だから、上手くなりたいけど、なれなくてモヤモヤしてるんだ。


 バスケのことを考えていると時間が来た。


 いよいよ、高宮コーチと一緒にバスケができる。


 俺は慧と合流し、バスケットゴールのある公園へと向かった。

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