凄腕のコーチがやってきた9

たつる! 起きなさい! 斉木さいきくんが来てるよ!」


 母さんの声で目が覚める。


 ん? 今日って何曜日? 今、何時? 斉木?


 時計を見て目を見開いた。


「えぇ?! 8時じゃんっ! もっと早く起こしてよー!!」


 俺は、ガバッと起き上がり、ぱっと着替えてトーストを口に入れて外に出る。


「ってかさ、おまえ、自分で起きろって。プロでバスケやるんだろ? プロになったら、誰も起こしてくれないぜ」


 斉木……けいの声がした。しっかりしてやがるな、こいつ。プロへの意識が強い。まぁ、確かに自分で起きられないとダメなんだけど。


「あっ、そういえば、コーチ逮捕されたってニュースで言ってたけど、今日、それでも学校があるのか?」


 慧はため息をついた。


 あれ? もう慧は知ってるのか?


「おまえさ、ライン見てないだろ……」


 慧に言われてスマホを確認する俺。


 あっ、ラインあった。特別ミーティングね。授業は休校。そうだよな。逮捕された翌日に授業なんてやれるはずがない。


 特別ミーティングの後、すぐに帰される。部活動もできない。でも、なんで逮捕することになったんだろう。今まではここまで大きくなることはなかった。いや、隠ぺいしていたからか。


 まさか、あの動画が公になったのか。


 だとしたら、高宮コーチが対処してくれたのかもしれない。そんなことを考えながら、ぼんやりと歩いていると、慧に腕を突かれた。


「高宮コーチだ」


 慧は嬉しそうに声を弾ませた。


「おっ、慧か、それと樹だっけ?」


 高宮コーチは俺たちに気がついて声をかけてくれた。名前覚えててくれたんだ。


「もしかして、谷牧が逮捕されたのは……」


 慧が聞くと、高宮コーチはニヤリと笑う。


「あぁ、教育員会に掛け合った。でも、それだけじゃ、今の教育員会は弱い。だから、この動画があれば、逮捕できると思ったから、警察に連絡した」


 あの動画、役に立ったんだ。あの動画には、バッドで殴っている動画なども映っている。ケガまではなかったけれど、警察に出したら、暴行罪として扱ってくれたんだな。


「あっ、それと、バスケ部のコーチをやることにした。ここは指導が悪い。指導も教育しないとな」


「えっ?」

「えっ?」


 俺と慧は高宮コーチの言葉に笑顔が溢れた。


「コーチやってくれるんすか?」


 慧は信じられなくて聞き返した。


「あぁ」


 高宮コーチが頷いた瞬間、慧は高宮コーチに抱きついた。


「ありがとう! コーチ!!」


「おいおい、はしゃぎすぎ」


 高宮コーチは抱きついてくる慧に半ば呆れている。


 俺はまだ信じられなくて呆然としていた。同時にワクワクしてきた。この高宮コーチにバスケを教えてもらえるんだ。楽しみしかない。理由はわからない。だけど、胸が高鳴っている。早くやりたい。


「早まるなって、すぐにはできないんだよ」


 高宮コーチは、はしゃぐ慧を落ち着かせてから、口を開く。


「ただ、逮捕されちゃったからな、学校自体がしばらく活動できない。だから、学校が再開してからだ。だから、1か月待ってくれ」


 高宮コーチに言われて、慧は頷いた。


「いいよ、やってくれるなら!」


 慧は、まだ、落ち着いていなかったようで、高宮コーチの両手を握っていた。


 よほど高宮コーチのことが好きなんだな。1か月できないのは、ちょっと悲しいけれど、このコーチが来てくれてよかった。俺もそう思う。


 あっ、1か月、学校での部活はできないんだよな。ということは個人的な練習はして良いってことなんだよな。


 1か月、高宮コーチに自主練として教えてもらうことはできないかな。よし、交渉してみよう。


「あの……」


 高宮コーチと慧が俺に注目する。


「学校での活動がダメなら、1か月、自主練として教えてくれませんか?」


 俺が言うと、高宮コーチはフッと笑った。


「バスケが好きか?」


 高宮コーチが聞く。


「好きです。バスケ。もっと強くなりたい! 上手くなりたい!」


 俺は拳を握って、強めの口調で言った。ちょっと熱くなっちゃった。なんでだろう。


「あぁ、思い出した。村野樹むらのたつる村野拓海むらのたくみの弟か」


 俺はキョトンとした。そんな俺を見て、高宮は優しい声で言った。


「お兄さんはNBAを目指すんだってな。お兄さんが凄いから、比較されることも多いだろう」


 俺はドキッとした。俺の心が読めるのか。


「でもな、おまえはおまえだ。拓海は拓海。樹は樹だ。おまえはお前のバスケをすればいい」


 高宮コーチはそう言うと、頭をポンっと叩く。


「いいよ、付き合うよ」


 高宮コーチの声に俺は笑顔がこぼれた。高宮コーチは俺のことを見抜いていたことが嬉しかった。俺が悩んでいたこと。いつも、兄ちゃんと比較されてるから、自分自身にプレッシャーをかけてしまった。それでも、バスケは楽しいから続けていた。


 でも、どこかでモヤモヤしてたんだ。俺は兄ちゃんじゃないって。兄ちゃんのようにはなれないんだって。だけど、スッキリしたような気がする。高宮コーチの言葉で。


「あぁ、ずるっ、コーチ、俺もお願いします!」


 慧が幼い子のようにおねだりする。子供か、慧は。


「わかった、わかった」


 高宮コーチは慧に対して、ちょっと引き気味だ。慧にとって憧れなんだろうな。高宮コーチは。


 俺と慧は高宮コーチと別れると、ウキウキで帰る。


 本当に楽しみだ。早く明日が来ないかな。

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