凄腕のコーチがやってきた6

 俺は慧と中山ディーノス快なかやまでぃーのすかいで、パス練習を始める。


 まずは、快がディフェンスだ。


 快の動きを見ながら、慧にパスを出そうとした。


 意外とマークが固いな。これだと、バウンドさせても取られるし、頭からのパスも読まれる。何か工夫が必要だ。


「樹先輩、簡単にパスは出させません!」


 快は笑いながら、どこか楽しそうだ。


 俺が左に1歩踏み出そうとしたとき、快は同じように1歩踏み出し、大きな壁を作った。


 そうそう、これを狙ってたんだ。俺は。


 快の逆を突いて右にバウンドパスをする。


「おぉ!」


 慧は予想していなかったらしく、突然のバウンドパスに戸惑っていた。


「おまえ、誰も予測できないことをするなぁ」


 慧に何度も言われている言葉だ。


 慧に言わせると、仲間でもどこにパスを出すのか予測できない。だから、仲間も戸惑うことが多いらしい。


「アイコンタクトとったつもりだったんだけどなぁ」


 俺は頭を搔きながら、フーッと息を吐く。


「まぁ、そこがいいところなんだよ、おまえの」


 慧はニヤリと笑って言うと、ピポットをする。


 ピポットは、ボールを盗られないように、足を動かしていくこと。ただし、歩いてはいけないので、その場で片足のみ動かせる。


 慧は目で訴えている。これは、俺に訴えているのか? それとも、快に訴えているのか?


 快は慧の腰の動きを見て、頭の上からのパスを出すと読んだ。


 その読みは外れた。快がパスを防ごうと手を上にして、ボールを叩こうとしたときだ。


 慧は快の脇の下からパスを出した。


「っっ!」


 快はすぐに手を下げて、ボールをカットしようと走る。


「おぉっ!?」


 俺は、まさか快がボールを追ってくるとは思わず、まさかのキャッチミスをしてしまった。


「あっ……」


 快は見事に空中にあるボールをとった。これがインターセプト。


 俺は慧に目配せした。


「悪い、読みが外れた……」


 慧はごめんのポーズをして謝っている。


「よく読んだな、快」


 俺は、慧にいいよと手で合図して、快を褒めた。


「ありがとうございます!」


 さて、このメニューまではウォーミングアップ。


 これまでの練習が終わると、次は実践的な練習。ゲーム形式で行う。


 ゲーム形式になれば、いろんな場面が出てくる。駆け引きもあるから、絶対というパターンはない。基本はあるけれど、思い通りにいかないから、自分なりの工夫も必要だ。だから、戦略パターンとしては200以上ある。


 これを全部覚えるのは大変だ。試合では3つ、4つしか使わない。でも、いろんな戦略パターンを持っていれば、攻略しやすい。


 確か東京五輪2020のとき、女子日本代表が銀メダルを獲ったけれど、そのとき、ポイントガードが200以上ある戦略パターンを全部覚えたとか。


 俺には200以上も戦略パターンを覚えて使いこなすことはできないな。だから、女子日本代表のポイントガードは凄いな。


 あっ、ポイントガードというのは、どんな試合をするかを決める司令塔。この司令塔がしっかりとプレイを組み立てないと、メチャクチャになってしまう。


 ちなみに、俺はそのポイントガードだ。


 ただ、今、どのポジションであってもオールマイティーにプレイすることが求められている。


 例えば、ポイントガードは司令塔でプレイを組み立てることであるが、中に切り込んでいき、ゴール下でシュートすることが主なプレイだ。でも、それだけでは慣れてきたら読まれてしまう。


 そこで、3ポイントも打てるようにする。


 また、パワーフォワードというポジションは、ゴール下のシュートを主にやるのだが、それでも、3ポイントも打てるように。


 シューティングガードというポジションは、主に3ポイント。だけど、切り込んでシュートをしに行く。


 センターは主にゴール下。でも、ときには開いて3ポイントを狙う。また、スモールフォワードは1対1を仕掛け、シュートに持ち込む。同時に3ポイントをできるようにする。


 これが今のバスケのスタイルになりつつある。


 マルチにできることが有利になる。


 3ポイントもしっかりと3ポイントラインからというよりは、3ポイントラインよりも遠くから打つことも最近多くなっている。


 3ポイントラインよりも遠くから打つ3ポイントをディープスリーという。NBAではよく見られるシュートだ。


 更に俺たちのような城北高校じょうほくこうこうのバスケ部は、スピードも必要だ。


 俺たちは背が小さいチームだ。だから、その背の小ささを利用して、隙間に入り込んでいき、すばしっこく動く。


 俺は試合形式の練習を終える。


 昔は4時間とか普通に練習していたようだけど、今は、身体の負担を減らすため、平日は2時間と決まっている。また、平日に1回、土日の場合は、どちらか1日は必ず休みをとることが決められている。


 練習の量よりも質が大事、質がよければ、量は少なくても強くなるという方針らしい。本当はもっと練習したいな。


 だから、自主練することも多い。とはいえ、学校は、2時間後、部活が終わると学校も閉まってしまう。学校以外でボールを使った練習をすると、近所迷惑になる。ボールを使った練習はできないんだけどな。


「樹、一緒に来てくれ。動かぬ証拠、この動画を見せてちょっとお願い事をしてみる」


 慧に言われて俺は思い出した。証拠を残すために動画を撮っていたんだっけ。


 慧が中学までやっていたバスケクラブのコーチに相談するとか言ってたな。日本代表のコーチを務めたこともあるコーチに教えてもらってたなんて、慧も凄いよな。


「あぁ」


 俺は慧と一緒に、慧の恩師、高宮コーチのところへ行くことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る