凄腕のコーチがやってきた5

 慧は明らかにコーチを挑発していた。


 これって、ちょっと危ういよな。


 下手したら慧はバスケがしばらくできなくなるぞ。


 慧にヒヤヒヤしながら、この先どうなるのかを黙って見守る。


「生意気な! ぐだぐだ言ってないで、さっさと練習やれ!」


 コーチの声が体育館中に響いていた。


「やっぱりやれないんですねぇ。コーチ。本当にバスケ知ってます?」


 慧はニヤリと笑っているぞ。


 えっ? やっぱり、何か企んでる?


 俺は内心、ドキドキしていた。


「もういい、勝手にやれ! だいたい、めんどくさいんだよ! バスケのコーチなんか。長時間労働で、その分の給料が増えるわけじゃないし!」


 おっ? 今の聞いたか? 面倒? 俺たちは大好きなバスケが上手くなりたいから頑張ってるのに? やるからには楽しいことも大事だけど、試合をやりたいわけで。


「あっ、コーチ、そんなこと言っていいのかなぁ。今日のやりとり全部動画で撮ってるからね」


 俺が言ったとき、コーチは一瞬、振り返ったが、何も言わずに体育館を去っていった。


 これって、コーチにげたんだよな。


 バスケ部全員が同じことを考えていた。


「あいつ、逃げたー」


「逃げたな」


「あれが本性か」


 我慢していた鬱憤を晴らすかのように口々に言っていた。


そりやそうだ。あんな奴にコーチが務まらない。


 それに、あんなコーチに教えてもらいたいとも思わないな。


 とりあえず、今日はコーチなしで練習を勝手に始める。


 言ってたもんな。勝手にしろって。だから、勝手に練習をする。


「何の練習するか」


 俺が慧に聞くと、慧は少し考えてから答える。


「ディフェンス、徹底しようぜ。ディフェンスがダメだったら、ゲームを支配できない」


 俺たち部員は、慧の案に頷き準備を始める。


 1対1でになり、オフェンスは自由にコートの端から端まで全力で走る。前後、左右に動きながらディフェンスを惑わす。


 ディフェンスは小刻みに足を動かして、オフェンスに抜かれないようにする。


 俺は慧と組み、ディフェンスの練習をした。


 慧は走り出して2歩で、すぐに、ディフェンスのタイミングずらそうと、動きを止めた。


 右から行くと腰を動かした。


 俺は思わず右に1歩踏み出す。


 その瞬間に慧は左へと切り替え、一気に走り出す。


 やばい! 完全に読まれてる! 俺はダッシュで慧を追いかけて、なんとか慧に追いついていった。


「樹、頭、ブレブレだよ」


 慧は苦笑いしている。


「そうか?」


 1度、コートの端から端まで1対1で、ディフェンスの練習をした後は、反復横跳び。短い距離で小刻みに足を動かす練習だ。更には体幹を鍛えるための基本の体幹トレーニング、プランク。これでワンセットだ。


 プランクは、うつ伏せになって肘をつき、つま先と肘だけで体を支えるという簡単な方法なのに、地味にきつい。


 体幹がしっかりしていれば、慧が俺に指摘したように、頭がブレブレになることはない。


 これを5セット行う。


 最初は確認のためにゆっくりでいいが、5セット目をやるときには、全力でできるようにセットごとにスピードを上げていく。


「あぁぁぁぁぁ!!」


 5セット目になって、プランクがものすごくきつい。思わず、悲鳴を上げる。


「よし、ドリブル練習」


 慧は一通りディフェンスの練習が終わった後で声をかける。


「おう!」


 俺は既に汗だくだ。このセット練習はきついな。きついけれど、でも、楽しくて、もっときつくても良いと思ってしまう自分もいる。


 ドリブル練習はボールを二つ使う。


 ピッ!


 笛の音でドリブルのリズムを変える。


「もうぉぉぉぉ!!!!」


 またしても悲鳴を上げる俺。


 右手と左手で同時にドリブルして、右手と左手で違うドリブルをする。同じドリブルリズムや高さではダメなんだ。


 俺はそれができない。左と右、同じドリブルになってしまう。左右で違うことをするっていうのは、頭も使うし難しい。


「イライラするなよ」


 慧は苦笑いしている。


「次、パス練習!」


 パス練習はゲームみたいなものだ。


 3人1組になって行う。1人はディフェンス。ボールをカットしに行く。2人はパスを出し合って盗られないようにする。


 でも、その前にパスの確認のため、ペアを組んでのパス練習。


 基本のパス練習だ。胸からパスを出すチェストパス、頭からパスを出す、オーバーヘッドパス、ワンバウンドしてからパスを出すワンバウンドパス。


 フォームを確認したら、3人1組でパス練習開始だ。


 これは好きな練習だ。あっ、パスを出す2人は当然、トラベリングをしてはいけない。ボールを持ったまま3歩以上踏み出したらアウト。やり直しだ。


 さぁ、やるぞ!

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