凄腕のコーチがやってきた4

 コーチがやってきた。ここから、コーチの思い通りにならないと、罵声が飛ぶ。


 本当はコーチなんて言いたくない。こんなコーチ、谷牧と呼び捨てでいい。そのくらい、バスケ部全員、コーチが嫌いだ。


 コーチの思い通りにならないと思うけれど。バスケは予想外のこともたくさん起きるし。


 そういえば、このコーチは、本当にバスケのことを知っているのだろうか。練習メニューの指示は出すけれど、いつも、ヒントもないし、思い通りにできないと怒るだけ怒っている気がする。


「スクウェアパスやれ」


 スクウェアパスか。スクウェアパスは簡単にいうと、四角を描くように走りながらパスをしていく。


 最初はゆっくり動きを確認しながらやり、徐々にスピードを上げて行う。


 スピードが出れば出るほど、パスは雑になる。だからこそ、ゆっくりやるときにきちんと確認をする必要がある。


 1年の中山ディーノス快なかやまでぃーのすかいがスピードを上げた瞬間にパスミスをしてしまう。


 その瞬間、コーチからボールが飛ぶ。


「ばかやろー! なんでミスしてんだよ!」


「すみません」


「ふざけんな! 日本人じゃないくせに生意気なんだよっ!!」


 おい、それは差別だろ。日本人じゃないからなんだよ。同じ人間だろう。俺は無性に腹が立った。同じ人間で一緒にバスケをやっている仲間なんだよ!!


 中山ディーノス快。大事なバスケ部の仲間だ。俺は快と呼んでいる。


 快は父がアジア系アメリカ、母が日本のハーフ。父親がバスケをやっていたこともあって、父の影響でバスケを始めたらしい。


 父の仕事の関係で日本にずっと住んでいて、日本国籍を取得している。俺たちにとってはハーフだろうと関係ない。バスケ仲間であり、バスケ友達だ。


 その仲間であり友達を侮辱したことにムカついた俺は、コーチにはっきりと言ってやる。


「今のは人種差別だ!! 関係ないだろ! 俺らの大切な仲間で同じ人間だよ!! そんなこともわからねぇ奴が始動なんかするんじゃねぇ!! 谷牧!!」


 俺は思わず胸ぐらをつかみたくなった。ただ、そんなことをすれば、俺もバスケができなくなる可能性がある。だから、グッと堪えた。


 でも、それよりも一番辛いのは快だ。


 快は今までも侮辱されてきたと聞く。だけど、ここまで頑張れるのは、バスケがあるから。バスケで結果を残せば見返すこともできる。そう思って、やってきているらしい。


 子供にいじめはダメとか、良し悪しを教えてるけれど、大人が一番やってはいけないことをやっているじゃねぇか。だから、子供も良し悪しの判断がつかないまま大きくなっていくんだよ。


 快は悔しいのか拳を握って涙を流している。


 慧が快を抱きしめて何かを伝えている。


「快は俺らの仲間だ。あんなコーチの言うことなんか気にするな」


 そう聞こえた気がする。


 練習が終わり、また、コーチの説教が始まる。壁に拳を突きつけて。


「おまえら! なんでこんなにへたくそなんだよ! 特に快! おまえ、日本人じゃないだろ! 出ていけ!!」


 快にボールを投げつけるコーチ。


 咄嗟に慧は快を庇っていた。


 慧はフィジカルも強いからか、ボールが当たっても全くピクッともしなかった。


「じゃあさ、あんたはミスなしでできるのか? 谷牧! 勝負しようぜ。口だけじゃないってところ見せてくれよ」


 なんと勝負を申し出た。慧は挑発的だ。それだけの自信があるのか。俺は感心してしまった。


「1対1の勝負。どちらかが先に6点入れたほうが勝ち。もちろんオールコートでやる」


 コーチは嫌な顔をしている。


「そんな顔をしているってことは、できないんだな? 偉そうなこと言って、口だけなのか?」


 慧は明らかに挑発している。大丈夫なのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る