凄腕のコーチがやってきた3
翌日、俺は授業が終わると、すぐに体育館へと足を運ぶ。
昨日のこともあるし、なんだか練習するのも足が重い。コーチが来なければいいんだけどな。
でも、コーチの暴言や暴力を動画にとらないといけない。隠し撮りができるように準備しておく。
それにしても、慧が相談しようとしているコーチは、かなり、いいコーチなんだろうな。なんで、こういうコーチがいないんだろう。
体罰や行き過ぎた指導をすれば、精神的に追い込まれて辞めてしまう人も出てくる。それに、こういうニュースは各地に広まる。
小さな子供たちにまで伝わってしまう。
こんなことが起きれば、せっかく楽しくて始めたのに、バスケは怖くてできない、楽しくない、やりたくないといった印象を与えてしまう。
そうなったら、将来的にバスケの未来はなくなってしまう。いや、バスケだけではない。スポーツ全体がそうなってしまう。
本当はスポーツって違うんだよ。勝ち負けだけではない感動があるから、いいんだよ。楽しいんだよ。一緒に喜べるんだよ。一喜一憂できるんだよ。それを忘れたら、スポーツじゃないんだよ。
俺はそう訴えたい。俺はバスケを始めて、ものすごくハマった。こうやって、俺みたいな人が増えて欲しい。
だから、絶対に体罰や行き過ぎた指導で、やりたくないって人を増やしたら、いけないんだよ。
練習の準備をしながら、ふいに高宮コーチのことを思い出した。慧が今でも慕っている。中学まで慧にバスケを教えていたコーチ。
慧がいうには、コーチという仕事は辞めて、指導者を指導する側になりたいらしい。その理由は、俺と同じ考え方からだ。
そう、その通りだよな。このままじゃ、やりたいという人が減ってしまう。そうなれば、将来のスポーツはどうなる?
厳しさも時には必要だ。でも、厳しいだけじゃダメなんだ。
このままでは、オリンピックを目指したい、プロバスケ選手を目指したいという人もいなくなってしまう。
「おーい、樹、そろそろ始めるぞー」
慧の声がした。
「あぁ、悪い」
俺はすぐに、バッシュのひもを締めて立ち上がる。
キャプテンである慧は、自ら声を出して動く。頼りになるキャプテンだ。
余談だが、俺は副キャプテンだ。あまり相応しくないと自分では思っているんだけどな。
ウォーミングアップは、いつも、フットワークから。
ディフェンスとオフェンスに分かれて、1対1で行う。
オフェンスはドリブルをしながら、前後左右に走っていく。
このとき、ディフェンスは抜かれないように1、2、3のリズムで横方向に足を動かす。そのリズムで動いたら、切り替えて向きを変える。これを繰り返す。基本のでディフェンスの動きだ。
オフェンスの動きに合わせて、小刻みに足を動かしていくこともある。また、抜かれたときにダッシュでオフェンスの前まで走る。
これもフットワークの練習だ。
オフェンスをつけないでこの練習をしていたが、慧の提案でオフェンスをつけることになった。
理由はただひとつ。オフェンスの動きがないと、マンネリ化したフットワークばかりになり、応用が利かなくなるからだ。
実際に試合に仕えるようにするためには、実践的な練習でフットワークの基本、フォーム、ステップを覚える。
オフェンスは自由に動いて、ディフェンスを抜けるようにする。
ただし、基本のフォーム、ステップを覚えるため、初めは全力ではなく、2割くらいのスピードで行う。そこで、しっかり確認する。
確認ができたら、スピードを5割くらいにあげていく。
徐々にあげていって、最終的に全力で行う。
俺はこの練習、基本練習だけど大好きだ。
慧が中学までやっていたフットワークメニュー。
コーチが来たらできないメニューだ。
コーチはいつも、16時くらいにくるので30分は来ない。だから、その間にフットワークの練習をするんだ。
フットワークの練習が終わると、ちょうど16時。
コーチがやってきた。
さて、ここからが面白くない練習になってしまう。でも、証拠のために動画を撮っておかないと、何も変わらない。
俺は慧の号令でコーチの前に集まり、挨拶をする。
「よろしくお願いします」
結局、厳重注意だけで終わったか。
こんなことが起こっても処分はないのか、この学校は。
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