第33話
果樹園にむかう途中に花壇がある。
花を植えてから間もないため、まだ開花していない。
けれど、よく手入れされているので茎は太く葉も大きい。
きっとキレイな花が咲くだろう。
花壇は園芸部の
彼女はとてもおとなしく目立つ行動はしない。
あどけなさの残る童顔。体はとても小さく、ランドセルを背負わせると小学生に間違えられるだろう。
いわゆる【ロリっ子】だ。
クラスのマスコット的存在で、チョロチョロ動き回る姿は生暖かく見守られていた。
競技かるた部の
そんな彼女が花壇の手入れをしていたので声をかけてみる。
「精がでるね」
じつは彼女と話をするのは始めてなのだ。
ちょっと馴れ馴れしかったのかもしれない。
「邪魔してゴメン」
幼女に声をかける男。まずい、これは通報案件だ。
俺はその場から離れようとした。
「邪魔じゃないよ」と彼女はボソリとつぶやいた。
「
幼女のような声質だし、さらに喋りかたも幼い。
園児と会話している気分になる。
「そうだね。いきなり声をかけてゴメン」
「ううん。いい」
スコップで土をいじっている。
まるで砂場で遊ぶ園児だ。
俺は草花に興味がないので、彼女の作業にどんな意味があるのかわからない。
「
「うん」
……会話がつづかない。
拒絶している雰囲気ではないが、かといって歓迎されていない空気は読める。
「その花はなんていうの?」
「ショーンハイツクルト。春の使者で、希望の光なのよ。冬の長い眠りから目覚めた大地に、生命の息吹をもたらす祝福の花。咲くと美しい青い花びらが開くの。その青は空そのものを映すようにステキなんだって。ねえ見て、この太い茎。立派でしょ。積雪でも折れることのないのよ――」
好きなものには
俺の顔を見ながら目を輝かせている。
延々と、かなりくわしく教えてくれるけれど、話の内容は頭にまったく入らない。
「――なの。早く見たいな」
彼女に草花の説明を求めてはダメだな。
「そんなに早く見たいなら
園芸部の彼女とは仲良くできると思うのだけど……。
彼女はすねた表情になり、視線を花にもどした。
まさか、
「むりやり咲かせるのはかわいそう」
なるほど。草花が好きな子はそう感じるんだ。
もしかすると、ゆっくりと成長する時間を大切にしているのかもしれない。
俺はせっかちなのかもしれないな。
「ああ、たしかに。安易に加護に頼るのは間違えてるね」
「ううん。わたしも加護の力は使っているから」
「へぇ~っ。花に関係する加護なの?」
「ううん。加護は微生物。――こうね、土のなかにいる微生物に、花かキレイに咲くようにがんばれってお願いすると土がフカフカになるの」
彼女は地面に手をかざしている。
けれど、とくになにかしているようには見えない。
「う~ん、謎。あとは?」
「トイレや食堂で、体に悪い微生物はいなくなれってお願いしてる」
「O-157とかサルモネラ菌を退治してるのかな?」
「たぶん。でも見えないからわかんない」
「だよね~、微生物が見える人間なんていないよね」
黙々と土をいじる彼女の周りには、見えない壁があるような気がして、なんだかここにいてはいけない気になる。
つたない知識から、会話のネタになりそうな話題を絞り出す。
「微生物といえば発酵食品かな。味噌とか醤油が作れるんじゃない?」
「うん」
……それだけ?
会話のキャッチボールむっずっ!
「作らないの?」
「欲しいっていう人がいないから」
それは、作れるって知らないからじゃ?
「俺は欲しいな」
「じゃあ作るよ」
「ありがとう。できたら
「うん」
食堂の
メニューのレパートリーが増えるのは嬉しい。
「お酒も作れるんじゃない?」
「うん」
「それも欲しいな」
作業の手をとめて、少し困惑した表情で俺に顔をむけた。
「お酒は
「デスヨネー」
なんだか幼女にお酒をすすめる悪いヤツだな。
少女にもう一度話しかけようとしたが、言葉が喉の奥で消えてしまう。
気まずい雰囲気に耐えられそうにない。
「じゃあ行くね」
「うん」
俺は逃げ出すようにその場を後にした。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
陽気が心地よい昼下がり、俺は鍛冶屋へむかう。
窓越しに店内の様子が視界に入ると、そこに
そして、アイツに好意を寄せる
二人はカウンターを挟んで何やら楽しげに話している。
俺は一瞬立ち止まり、空気を読む。
昼食をアイツと楽しむはずだったが、邪魔をするのは気が引けた。
俺は静かに息を吐く。
アイツに声をかけることなく、鍛冶屋を後にした。
食堂では、さまざまな会話が飛び交い、クラスメイトの笑顔があふれていた。
トレイに食器を載せ、空いているテーブルに腰を下ろす。
今日はシンプルな焼肉定食だ。
そこへ
「おや、ボッチとは珍しいでござるな」
「まあな」
「相席してもよろしいでござるか」
心のなかでは拒絶感が渦巻いていたが、顔には出さない。
断る言葉を探しながらも、大人げない行動は避けたい一心で、わずかにうなずく。
「どうぞ」
「かたじけないでござる」
彼はなにも気づかないようで、とても嬉しそうに笑う。
内心では、静かな昼食を楽しむのも悪くないと思い始めていたので、彼の相席はとても残念だ。
彼を見てもとくに嫌な顔はしない。
さすがお母さん。誰にたいしても優しい。
「なににする?」
「
「Aランチね」
彼女は料理を出すと他のテーブルへむかう。
「
「俺はとくに」
「
コイツは真顔で聞いてきた。
普通なら空気を読んで会話をやめるのに。
やはり、人の話を聞かないヤツだ。
「嫌いになるほど話したことないだろ」
「ではなにが気に入らないのでござろう」
「喋りかたかな。ござるじゃなくていいだろ」
「そうですか、なら普通に話しますね」
「えっ?」
素直な反応に俺のほうが驚いてしまった。
「話しかけたのはボクですから。相手が嫌がることはしませんよ」
「普通に話せるんだ」
「あたりまえじゃないですか。いつもはアニオタを演じているのですから」
「演技?」
「ええ。
「俺? してないが」
「そうですか。ボクの勘違いかもしれませんね」
否定したのに嫌な顔はしていない。
それよりも会話が楽しいのか、ニコニコとほほ笑んでいる。
「そおいう
「もちろんキャラ作りです。容姿、運動、成績、どれも平凡なボクですから、ひとつくらいは突き抜けていたほうが楽しいじゃありませんか」
「目的は理解できる。けど手段が理解できない。個性を際立たせたいのなら他のやりかたがあるだろう」
「たとえば?」
「生真面目を演じるとか」
「委員長や
「優しさを際立たせるとか」
「
「笑いをとるのは」
「
「なるほど」
たしかにクラスメイトに個性の強いヤツが集まっている。
コイツの言い分はもっともだ。
けれどアニオタを選ぶ精神が理解できない。
「
「さっき言った演技をしていないってのは取り消すよ。たしかに俺は脇役を演じている」
「やっぱり! 残っている個性はそのくらいですからね」
ウンウンと納得したようにうなずいた。
「いや、個性を出そうとして演じているわけじゃないけどな」
「えっ?!」
意外なほど驚いた表情をした。
「キャラ作りじゃないのに脇役を選ぶなんて信じられない」
「キャラ作りのためにアニオタを選ぶほうが理解できないがな」
コイツは本気で理解できないのか不思議そうな顔をして首をかしげた。
俺も同じく首をかしげ返す。
「どうやらボクは誤解していたようだ。キャラ作りではない脇役。まさか裏ボスだったなんて」
「勘違いもはなはだしい。誰が裏ボスだ。俺の趣味は映画鑑賞で、あくまで脇役というポジションが好きなんだよ」
「わからない……。誰もが主人公になりたいはずだ。ボクだってアニオタというカテゴリーで主役になっている。それなのにキミは脇役がいいだなんて」
まるでムンクの叫びのような表情をする。
それほど俺は変なことを言っているのだろうか。
自分の価値感が揺らぎそうだ。
「もちろん幼いころはバトル漫画のヒーローに憧れていたさ。けどいつのまにか、映画を観るたびに、脇役に心を奪われることが多くなった。物語には欠かせない存在で。陰ながら主役を助け。ストーリーに緩急をつけ。時に笑いをとり。時に悲しみを誘う。そんな彼らが羨ましいとさえ感じるようになったんだ」
「
「そうかもしれないな」
俺たちは己のポリシーについて話し合った。
彼の突拍子もない行動や発言は、どれも計算した結果だと知る。
もちろん納得のできない方程式だが、彼が考えて生み出した個性だと思うと、単純には否定できない。
「では
「口調、戻すんだ」
「あたりまえでござる。
コイツのことがなんだか苦手ではなくなったと気づく。
俺は無意識に彼に笑顔をむけていたのだ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
ドラゴン襲来から数日。
被害箇所の復興もひと段落。村はとても平和だった。
けれど、長つづきはしない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます