第34話
議事堂にクラスメイトが集合している。
不安をかかえた暗い表情。
部屋の空気はふだんの賑やかさとは違い、どこか重苦しい。
司会進行はいつものように
「第七回、クラス会議を始める。議題は
その言葉が室内に響き渡ると、一瞬、時間が止まったような静寂が広がる。
誰もがその事実を受け入れられず、ただ茫然と前を見つめた。
「先ほど、病院の自室で
すでに
悲しみや困惑など、さまざまな表情を浮かべていた。
「外傷はなく死因は不明。朝食の席では元気だったので病気も考えにくい。そもそも病気であれば治癒の加護で治せたはずだ」
議事堂がザワザワする。
ヒソヒソと話す声には『自殺』や『殺人』などのワードも含まれていた。
俺も殺人の線が濃厚だと思う。
もちろん犯人は
「机のうえに倒れたカップが残されていた。念のため、毒が混入していないか
「普通のお茶だったぞ」
錬金術の加護をもつ
「わたしの手には負えない事件だ。なので裁判官の
彼は頬をポッと染めるが、クラスメイトが死んだのだ、すぐに冷静さを取り戻す。
「これより審問を始める。第一発見者、話を聞きかせてくれ」
自転車部の
「怪我をしたから
まだ動揺しているらしく、声が震えている。
「そのとき息はあったのかい?」
「わからない、あせってたし」
「
「見えないところを怪我したんだよ」
おそらくデリケートゾーンだろう。
自転車に乗るのは控えろと忠告したのに……。
「委員長が駆け付けたとき、息はあったのか?」
「いいえないわ」
「おおよその死亡推定時刻を知りたいのだが、お茶は冷めていたか?」
「触ってはいないけれど、湯気が出ていたから温かいと思うわ」
「となると、発見時刻と死亡時刻は近いと考えていいだろう。いまから二時間前のアリバイを確認する。まずは委員長」
「
「
彼の推理を聞いたクラスメイトがふたたびザワザワし始める。
「俺も委員長と同じく毒が怪しいと思う。凶器から捜査したらどうだろうか」
「なるほど。
「できるよ」
ふだんの彼らしく
「作成したことはあるか?」
「あるよ」
クラスメイトがザワッとする。
「静粛に。
議事堂にふたたび静寂が戻った。
「
「ちがうよ」
みんな声には出さないが安堵の
「店頭に並べていないよな?」
「もちろん、倉庫に保管してあるよ」
「毒薬のことを知っていたのは誰だ?」
「
名前を呼ばれてドキッとする。
たしかに冷やかしにいったとき
作れるとは聞いているが、実際に作成したとは聞いていない。
まさか、俺か悪友に罪をなすりつけるために……、いや、考えすぎか。
「
「ンなわけあるか」
冗談だろと言いたげに、半笑いで答えた。
「
俺に彼女を殺す理由は……、ないこともないな。
要注意人物だし、俺の秘密を知っている。
なので消しておいても……、なんてことは考えていない。
「俺じゃありません」
「
「違います」
――えっ?!
「
だがな、
アイツの夢はシャーロックホームズ。きっと名探偵気分で話をしてたはずだ。
雰囲気も大事なんだぞ。
推理なんて関係のない、つまらない単調な確認作業が終わった。
やる気の失せた
結論、誰も毒を飲ませていない。
「委員長、調査の結果、毒殺ではないと言わざるを得ないな」
「わたしの勘違いか、みんな時間を取らせて申し訳ない」
「ホームズ君、ほんとうに犯人はいないのかね?」
俺にホームズと呼ばれ、
彼の夢を暴露する発言だ、さぞ恥ずかしいだろう。
しかし、ここはあえてホームズの名前をだす。
オマエの推理は甘いのだと印象付けるためだ。
「どうした
「俺は毒殺だと思うぞ」
俺は立ち上がる。
思考の海に広がるのは、複雑に絡み合った謎の糸。
それぞれが異なる事件の断片を繋げている。
俺はその糸を手繰り寄せ、一つ一つ丁寧に解きほぐす。
まるで、巧妙に組み上げられたパズルを解くようなものだ。
頭の中では、まるで映画のようにBGMが流れ始める。
それは緊張感を高め、集中力を増すための音楽だ。
ピアノの音色が響き、ストリングスが高まる。
俺はワトソン。
主役である
「スキルで確認したんだ。クラスメイトに犯人はいない」
メガネの中央を中指で押す仕草。彼が自信をもって発言するときの癖だ。
「スキルを過信しすぎていないかね、ホームズ君」
「頼むから、そのホームズ君はやめてくれ……」
「あ、ごめん。――ひとつ確認させてくれ。
「あるよ。狩猟部隊にはつねに携帯してもらってるからね」
「毒薬に毒消し薬を混ぜるとどうやる?」
「えっ……、やったことないからわからないな。たぶん水になるんじゃない?」
「まさか、お茶に毒消し薬を入れたのか?」
「
みんな俺に注目した。
舞台のうえで味わえる高揚感が、俺の背中をゾゾゾと駆けあがる。
探偵役は演じたことないけれど、これは病みつきになるほど気持ちがいい。
「この村にはお茶を
「ええ。いつも同じ時間に取りにくるわ」
「ふだんと違う出来事はなかった?」
「あっ!
茶道部の
みんないっせいに彼女を見る。
視線というのは故意に集めると気持ちがいい反面、ふいに向けられると緊張するのだ。
「わ、わたしわぁ、ぉ、お茶の葉の香りと風味を強くする薬ってぇいわれてぇ使っただけですぅぅぅ」
挙動不審がMAXだ。目は泳ぎ、汗を流し、呼吸は荒い。
「その薬は誰からもらったの?」
「
バレー部の
みんないっせいに彼女に注目する。
「オマエ、なのか?」
彼女と幼馴染の
「ちっ、違う、わたしじゃない! わたしだって同じこと言われたんだから」
思い人に疑われるほど辛いことはない。
必死な形相で言い訳する。
「薬は誰からもらったんだ?」
「薬局からもってきたのよ。場所は教えてもらったから」
「その場所を教えたのはだ誰?」
チラリとソイツに視線をうつす。
もちろん犯人は
「なにその目、ウチが犯人て言いたいワケ?」
「でもっ……」
ボス猿に睨まれて怯える
「
――なんでオマエが擁護するんだよ!
「だから過信と言ったんだ。オマエの質問じゃあ犯人は特定できない」
「なにっ?」
「まあ見てろ。
「ムカつく! なんでアンタの質問に答えなきゃイケないワケ?」
「逃げるなよ。一言だろ? イエスかノーだ」
「ノー!!!」
「えっ?!
犯人の表情が険しくなる。
信じられないという表情でクラスメイトが息をのむ。
「毒薬と知っていて
「ノー!!!」
「
犯人の額に血管が浮き出た。
「毒殺を計画したのはオマエか?」
「ノー!!!」
「
犯人の目が俺に激しい殺意をむける。
耳や首は赤くなり、クチは震え、目は血走り、拳は固く握られた。
今にも爆発しそうな感情が犯人の表情から
「わかるか
「なんてことだ……」
「穴だらけの計画だよ。
「わたしがそのお茶を飲んだかもしれないの?」
「ああ。
「うそっ……」
クチを押さえ信じられないという表情で犯人を見た。
「わ、わたしっ、関係ないよっ」
「
半泣きの彼女は犯人にむかって
「酷いっ!!」と叫んだ。
「オマエ、オマエだ! いつもいつもいつもいつも、ウチの邪魔ばっか!」
殺し屋の目だ。
女の子に殺意を向けられるなんて人生で初めての経験。
味わいたくなかったな……。
「怖っ! 暴れるかもしれないからさ、
「いいぞ」
空手部の太い拳が犯人の手首をしっかりと掴む。
「
俺は脱力しながら椅子に座った。
「ここで俺に振るのか、オマエもたいがい酷いな」
「悪いね、精神的に限界なんですよ」
やっぱりなれないことはしないほうがいい。
精神的に凄い疲れた。
「そうだな……。犯人は確定した。これより裁判員制度によって刑罰を決める。初回ということもあり、今回は全員参加にしたいと思う。意見のある人は発言を頼む」
議事堂が静まり返った。
あたりまえだ。
誰だって人を裁きたいなんて思ってないんだよ。
けれど、誰かに責任をなすりつけるのは間違えている。
痛みは分かち合うべきだ。
「
俺にその決断はできないし、ましてやクラスメイトの前で言い切るなんて無理だ。
「わたしも殺そうとしたんでしょ、死刑にしてよ」
「わ、わたしも同じ意見ですっ」
とばっちり被害者なのだから。
「死には死を。俺も死刑でいいと思う」
交際中の彼女が殺されたんだ、あたりまえだろう。
ふだんの温厚な彼とは思えない意見に、クラスメイトが驚く。
二人の関係を知らないのだから無理はない。
「死刑には反対だ。罪は裁くものではなく、償うものだ」
きれいごとだ
いや、本心じゃないのかもしれない。
それを回避するために逆の意見を出したのかもしれない。
あくまで中立を保つ気なのか……。
「委員長、いまは私見を述べるのではなく、刑罰を決めるときだ。具体的にどう償わせる」
苦渋の発言なのだろう。
「村から追放で」
このような状況で発言できるほど勇気のあるヤツは少ない。
もう当事者たちの気持ちは聞けたはずだ。
「意見は出そろったようだ。本来ならば意見が一致するまで話し合う。しかし、今回は特別に全員参加にした。意見が一致するのはむずかしい。よって多数決とする。死刑か追放、必ず挙手すること。――死刑に賛成の人、挙手。――追放に賛成の人、挙手」
三十票中、死刑は四人、追放が二十六人だった。
「判決、
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