第31話
村に帰還した遠征部隊が
そこへ、ドンという地鳴りに似た轟音とともに床が揺れる。
俺たちは驚き、慌てて議事堂からでた。
視界の遥か先、堤防の外側にドラゴンがいる。
村のなかに着地しなかったのは気をまわしたのかもしれない。
しかし、ぱっと見回しただけでも村の建物に被害が出ている。
俺たちのいた議事堂は無事。
そこにいた半数のクラスメイトは大丈夫だ。
鍛冶屋は崩壊。完全に潰れている。
店主の
堤防も一部が崩落していた。
「みんな怪我人の確認!
銭湯は大破。女湯の壁が崩れ、屋根が落ちている。
「
次々に
――なんなんだ、この状況は。さっきまで
泣いている女子がいる。
――アイツか! アイツのせいなのか!!
俺はトカゲ野郎のいるところまで疾走する。
スロープを駆け上がり、堤防のうえに出た。
「オマエの名前は
俺を見つけたトカゲ野郎がのん気に話しかけてきた。
ヤツの顔を殴りたかったが、堤防のうえにのぼっても届く距離じゃない。
やり場のない拳を振り上げる。
「そんなことど~でもいい、オマエ、何してくれてんだ!」
「生意気な態度だ」
「うるせ~よ、見てみろよ! オマエのせいで家が壊れてクラスメイトが下敷きになってるんだぞ」
「我のせいだというのか」
「オマエさぁ、神にも匹敵する力をもってるんだろ? ど~して静かに着地できないワケ?」
「我を罵倒するか、人間よ」
「あたりまえだろう!! 人間ですら周囲との関係に細心の注意をはらいながら生きてんだよ。世界で唯一のボッチだからって好き勝手すんな」
「なん、だとっ」
ぐいっとトカゲ野郎の顔が近づく。しかし、まだ遠い。
「オマエ、自分の意思でこの世界にきたと言ったよな。前の世界には同種がいたんだろ? なぜ帰らない? なぜ仲間と共存しない? ボッチを選ぶ理由はなんだ? オマエ、友達いないだろ!!」
「そっ、それは」
「同種がいるなら理解できるはずだ。互いを傷つけずに生きる大切さを」
「殺すぞ人間!」
トカゲ野郎のクチが開く。
むわっとする生暖かい風が俺のボサボサパーマを揺らした。
唾液で濡れた牙が日の光を反射させ輝く。
「言い返せないから力でねじ伏せる気か。オマエを倒しにいくまで待つという約束を反古にして」
トカゲ野郎の目をじっと睨む。
コイツの粗暴な行動を放置していれば、同じことがまたおきる。
さらに犠牲者が増え、最悪は全滅だ。
恐怖で何も言わないのは罪。保身は自殺に等しい。
抑圧された立場だろうと、意見は伝えていかないと前には進めない。
トカゲ野郎が故意に家を壊したのなら諦める。
また、抑えられない破壊衝動だというのなら、それはもう自然災害だ。
けれど、種族の違いで気づいていないのならば、言い分を伝えることでわかり合える可能性が残る。
これは賭けだ。わずかだが勝算はある。
トカゲ野郎は言葉が通じるし、人間と約束を結ぶくらいには俺たちの存在を認めているのだ。
「我は約束を反古にせぬ」
「ならば、この
「否。――我に殺す腹積もりなどなかったのだ」
「過失なんだな?」
「くっ……、そうだ」
――認めた!
プライドは高いが自分のミスを肯定できるヤツだ。
トカゲ野郎からドラゴンに格上げしてやろう。
この好機、逃してなるものか!
「約束してくれ、今後、乱暴に着地しないと。俺たちの家を壊さないと」
「約束しよう」
ふぅ~っ、とにかくやりきった。
緊張の糸が切れたとたん、俺の足は震えだし、力が入らない。
ストンと尻もちをついてしまう。
腰が抜け、立ち上がることができない。
俺、情けないなぁ……。
「どうした?」
「神に近いヤツにケンカを売るんだ。こっちは死ぬ覚悟で話してんだよ」
「おもしろいヤツだ」
ドラゴンがクチを開きながら顔を近づけてくる。
あ、食われる。
しゃーないか。
みんなごめん、コイツが暴れたら俺が悪い。
あの世で謝るから。
意外にも、ドラゴンは俺を食わずに舌を出した。
体表の深紅と違い、舌は濃いピンク色をしている。
とても柔らかそうな質感なのでナイフがあれば切れるんじゃないかと妄想してしまう。
ドラゴンは自分の牙で舌を噛んだ。
すると、ポタリと一滴の鮮血が落ちる。
血は堤防のうえで跳ね、二つに分裂し、すぐに固まった。
飴玉のような深紅の珠がふたつ――。
「これは詫びだ。死んだ人間に飲ませれば生き返る」
「感謝する」
俺、生きてるっ!!!
さらに、蘇生アイテムゲット!!!
「家を壊したのは貸しだ、相応の対価を払うと約束する」
「わかった。クラスメイトと相談してから返事をする」
「うむ」
ドラゴンに俺を食う気がないとわかると、気持ちが軽くなる。
思考に、状況を整理するだけの余裕が生まれた。
「ところで、何しにきたんだ?」
「おお、そうであった。我は椅子を所望する」
「は?」
「あの人間、椅子が欲しいと言うのでな」
意味ワカラン。
ドラゴンにおねだりしたのかよ。恐ろしいヤツだな。
まあいいや、わがまま言えるなら無事ってことだ。
「待っていろ」
いつのまにか足の震えは止まっていた。
俺は走って議事堂へむかう。
クラスメイトたちは、まだ救援活動をつづけていた。
被害状況は気になるけれど、ドラゴンを待たせるのは危険だろう。
議事堂に入り、椅子をひとつ抱えて戻る。
「ほらよ」
ドラゴンの顔の前に椅子を置く。
すると、透明な球体に椅子が包み込まれ、ふわりと浮かぶ。
球体はドラゴンの手に掴まれた。
「今日は復旧で忙しいからな、対価の話はまたいづれ」
「承知した。ではな
ドラゴンは音もなく飛び去っていく。
その速度はいつもより遅く感じた。
気を使ってくれたのかもしれない。
「
あ~、精神的に疲れた、もうなにも起きないでくれ……。
俺はゆっくりと村の中心へ戻る。
そこはお通夜のようだった。
泣いているクラスメイトもいる。
なぜか
「
「
「他に犠牲者は?」
「怪我人はいたけど、薬で治った」
「そうか」
不幸中の幸いだ。
銭湯は床板を残し消えていた。
脱衣場があった場所に
真っ赤に染まるシーツが、傷の深さを物語っていた。
彼女の近くに
彼は暗い表情だが落ち着いていた。
蘇生のできる俺がいるからだろう。
俺はみんなの前に進んだ。
「これはドラゴンからもらった宝玉だ。飲ませれば死人すら生き返る」
深紅の珠を手にもち、高く掲げる。
「えっ、ウソッ」
クラスメイトが驚きの声をあげ、動揺する。
「
「
クラスメイトがざわざわと話を始める。
俺は
そして、深紅の珠を飲ませるフリをした。
珠など使わなくても俺のスキルで彼女は生き返る。
俺からも
傷は見当たらないし、顔色もいい。
皮肉にも、前は
まさか二人の立場が逆転するなんて思ってもみなかった。
「生き返ったわ」
歓声があがる。
女子たちは抱き合いながら喜ぶ。
――ヤバイなアイツ……。
「
なぜだろう? 生き返るのを知っていたからか?
感動すべき場面なのだから、素直に喜べばいいのに。
「
嬉し涙なのかな?
「ドラゴンに抗議したんですよ。家を壊したのはオマエだってね。そしたら謝罪としてくれました。それと、借りひとつらしいですよ。対価を要求できるそうです、みんなで話し合ってください」
「ああ、次の議題にしよう」
俺が彼女たちから離れると
「さすが
「都合のいいヤツだな」
俺たちが笑うと、周囲のクラスメイトもつられて笑った。
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建設担当の
倒壊した銭湯と鍛冶屋が真っ先に建てなおされた。
新素材、鉄筋コンクリート造りである。
打ちっぱなしのコンクリートなので味気ない。
俺は前のログハウス風の家が良かったな。
他の建物は若干崩れた程度なので修繕で対応された。
次に崩れた堤防がコンクリートで補強された。
のどかな風景だったのに、灰色の壁が村をぐるりと覆う。
なんだか監獄のようだ。
ついでに村の唯一の出入口に可動式の橋がかけられた。
人力で上げ下げできる。しかし重労働なのでいつもは下げたままだ。
頑丈な門が作られたので魔物の侵入は門が防いでくれる。
食堂の近くに食料庫と資材庫と備品庫が建てられた。
資源の管理を個人に任せるのは危険だと学習したからだ。
倉庫に鍵はかけられていない。
大量消費するときは
食料庫は地上と地下にわかれている。
地下室は気温が低いため日もちのする食料。地上には常温で保存できる食材が備蓄されている。
遠征部隊がもち帰った塩は地上に置かれた。
水産の加護をもつ
それら加工食品も地下室に保存されている。
遠征部隊がもち帰った鉱石は鍛冶師の
資材庫にはそのインゴットが保管されている。
備品庫にはお店を開くほどではない日用品が保管されることになった。
シャツ、スラックス、体操服、下着などの衣類。
タオル、ハンカチ、カーペット、テーブルクロス、カーテン、布団、シーツなどの家庭用品。
ロープ、テント、防水シート、ネットなどの産業資材。
これらは糸使いの
反省している態度を見せるためのパフォーマンスだと俺は思っている。
次に建てられたのは農業をおこなう
村への貢献度と
民家第一号としてお披露目されている最中だ。
鉄筋コンクリート造りの平屋で、中は素朴なワンルーム。
窓は木製の観音開きで、ガラスは使われていない。
アルミサッシが作れないらしい。
数名のクラスメイトが外観を確認したり、家のなかを見ている。
俺も家のなかを拝見する。
家に足を踏み入れた瞬間、何もない部屋の広がりが目に飛び込んできた。
窓は二つだけ。
フローリングの床が冷たく感じた。
家具はいっさいなく、バス、トイレ、キッチンもない。
天井にランプを吊るすためのフックが見える。
部屋の隅には収納スペースがあり、その隣には小さな玄関がある。
何もない部屋を
「ねえ
俺にだけ聞こえるトーンで
「なに?」
「鍛冶屋さんに泊めてくれたよねっ」
「ああ、ひと晩だけな」
「お礼にぃ、ひと晩泊めてあげるからねっ」
そおいうと彼女は俺から離れ、ウインクした。
もちろん彼女には手を出していない。
しかし、お泊りの誘いということは、アレやコレやを期待しても良いということだろう。
興味ないといえば
軽はずみな行動をして、
誘ってくれた彼女には悪いけれど丁重にお断りしよう。
……もったいないかな?
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