第30話

 議事堂では乃木坂羽衣義妹をイジメる新垣沙弥香ギャル糾弾きゅうだんしている真っ最中だ。


「みんな、ここにいたのか、誰もいないから心配したよ」


 爽やかなオーラを放ちながら才原優斗イケメンが議事堂に入ってきた。

 それだけで重苦しかった部屋の雰囲気がガラリとかわる。


才原さいばら! 新垣あらがきを捕まえてくれ」

「は? わ、わかった」


 俺の声に瞬時に反応する才原優斗イケメン。横を通り過ぎようとしたアイツは軽々と捕まる。


「離せよっ!」


 彼に手首を掴まれた新垣沙弥香ギャルが抵抗する。

 しかし運動部男子が相手ではムダな努力。


「いったいなんの騒ぎなんだ?」


 石亀永江委員長が経緯を軽く説明した。


「なるほど、それは無視できないね。新垣あらがきさん席に戻ろうか」


 才原優斗イケメンのエスコートで席に戻る。

 じゃじゃ馬もおとなしくできるんだな。


 遠征部隊のメンバーは席に座らず、入口近くに立っている。


「会議を再開する。苦瓜にがうり君が提案した『新垣あらがきさんにイジメをやめさせる方法を検討』では個人攻撃が過ぎるので、『イジメにたいする村での対応』に変更したい。どうだ」

「意義ありません」


 俺は石亀永江委員長の改題に賛成した。

 別にアイツを責めたいわけじゃないからな。


「わたくし疲れてます。早くお風呂に入って癒されたいですわ。こんなつまらない議題、早く終わらせましょう」


 いつも美しい出水涼音令嬢も遠征帰りでは土や泥で汚れていた。


「つまらないって、出水いずみさん、イジメはむずかしい問題だ」


 石亀永江委員長が困った顔をする。

 きっと問題児が増えたと思っているんだろうな。


「少ない人数で生き延びようとしている村でイジメ? 問題外ですわ。そんな人、村で生活する権利などありません、追放裁判をおこなうべきです」

「いやいやいやいや、出水いずみさん待って、追放はやり過ぎだと思う」

「そうでしょうか。わたくしたちはすでに野吾やご君を追放しているんですよ」


 クラスメイトはハッと気づいた表情になる。

 ただし、ゴブリンに連れ去られた石亀永江委員長を救出に向かった人たちは驚いていない。

 俺が野吾剛士不良を説得すると言い出したのを聞いているし、拒絶されたのもしっているからだ。



 それはそうと、出水涼音令嬢は俺が誘導しようとしている結末を知っているかのように話を進めている。

 なぜ同じ結論に導いているのだろうか。

 まさか思考が同類? 嫌だなそれは。


良知らち君は自らの意思で残りました。けれど野吾やご君に関してはのけ者にした。違いますか? 彼に声をかけるべきだと発言したのはひとりだけだと記憶しています」


 石亀永江委員長は答えられないだろう。

 隷属の首輪の効果で記憶は曖昧なのだから。


「近年、村八分は人権問題として扱われますが、それは生活が安定している前提。三十人程度の村では、人権よりも生活を守るほうを重要視するべきです。協調性のない人が足枷となるのなら、それは村にとって害悪でしかありません。委員長、決を取ってください。新垣あらがきさんを追放すべきかどうか」


 乃木坂羽衣義妹の言葉を思い出した。

 女子は勝てそうにない人には敵意を向けない。

 その言葉のとおり、アイツは出水涼音令嬢に反論していないのだ。

 俺には散々悪態ついたのにね。


「ウチは悪くない! 乃木坂のぎざかが男にびるのが原因だからっ!」


 アイツは床にむかって叫ぶ。

 たぶん出水涼音令嬢に面と向かって反論できないからだ。


「アナタもこびればいいじゃない。それすらできないからイジメてるのでしょ?」


 女王の貫録だ。

 アイツが泣きそうになっている。


「男の奪い合いなんてみっともない。そもそも男は追うんじゃなくて追わせる生き物よ」

「それが言えるのは出水いずみさんだけだよ」

「わたくしにそう言えるのは苦瓜にがうり君だけですわ」


 彼女の意味深な発言に、みんなが『えっ?』って顔をした。


 ――ヤメテ! みんなでコッチ見ないで!


新垣あらがきさん、このままでは追放裁判をせざるを得ない。そうなる前にイジメをやめると宣言してくれないか」


 飴とムチ。

 俺がムチをふる役目。石亀永江委員長が飴をあげる役目を想定していた。

 しかし出水涼音令嬢が俺の役を奪うとは予想外。


「なんでウチばっかり責められるの……。悪いのは乃木坂のぎざかじゃん。財前ざいぜん君を取ろうとしたのが悪いじゃん!」

「ボクを取る? まるでボクがキミの所有物みたいだね」


 財前哲史サトリの口調はとても優しく、怒っている様子はない。

 けれど、失言なのはアイツにも理解できたようだ。


「あ、ちがうっ、ウチ、所有物なんて思ってないし」


 この期に及んで男の心証を気にするなんて考えられない。

 俺と同じ思いだろう。石亀永江委員長が呆れた表情をする。


「改心する気はないようなので追放裁判をおこなう」


 これは想定外。飴すら取り上げられるとは。

 自業自得だ。フォローする気にもなれない。


「待って! ウチを追い出すの? もうキレイな服が着れなくなるよ! かわいい服もなくなるんだよ! ねぇ!!」

新垣あらがきさあ、まわりを見ろよ、オマエの服を着ているの何人だ?」


 男子はあの国で支給された騎士服か、学校の制服を着ている。

 アイツの作った服を着ているのは、数名の女子だけだ。


 俺の指摘でようやく気づいたようだ。

 作っていた服に偏りがあることを。

 趣味で作っていたことを。

 村のために働いていなかったことを。


 アイツの顔がみるみるうちに青くなる。

 今さら遅いがな。


「それでは――」

「まって! まって、ください。ウチ謝るから、もうイジメはしないから」


 悲痛な表情でアイツが頭を下げた。

 石亀永江委員長にむかってだが。


「謝る相手が違うだろ」


 俺のほうをむいた。


「俺じゃね~よ」


 プライドが許さないのか、乃木坂羽衣義妹を見ようとはしない。


「謝ってくれなくていいです」


 乃木坂羽衣義妹が弱々しくクチを開いた。

 話の流れに怯えていたのかもしれない。

 自分のせいでアイツが追放されるかもしれないのだ。


「空虚な言葉なんていらないです。わたしに二度とかかわらない、そう約束してください」

「約束します」


 結局アイツは乃木坂羽衣義妹に頭を下げなかった。


 嫌な予感がする。

 アイツは納得していない。絶対に仕返しするだろう。

 肉体的なイジメに発展するかもしれない。

 保険のため【恋愛対象】に乃木坂羽衣義妹を指名しておこう。


「会議は終了かしら? わたくし夜まで我慢できません。三門みかどさんばん君、お風呂を沸かしていただけないかしら?」

「もちろんいいわよ、遠征お疲れ様」


 三門志寿漫画家は無表情で答えた。

 この雰囲気の中、平然としていられるのだから、ある意味大物だ。


 出水涼音令嬢は二人を連れて議事堂から出ていく。

 遠征に同行した弓道部の由良麻美ファンと採掘担当の才賀小夜腐女子も慌てて後をついていく。

 森のなかでは体を洗えなかっただろうからな。

 相当臭いのだろう。

 臭い女子、ちょっと嗅いでみたい……。



 石亀永江委員長がとても深い溜息ためいきをついた。


「しかたないな、クラス会議は以上。遠征部隊の報告を聞きたい人は残ってくれ、後は解散」


 半数が議事堂から退室した。

 もちろん新垣沙弥香ギャルもだ。


 俺は儀保裕之悪友とハイタッチして再開を喜ぶ。






 話を聞きたいので俺も議事堂に残ることにした。


「まずは無事に帰ってきてくれたことを嬉しく思う。おかえりなさい」


 良い笑顔だ石亀永江委員長


「ただいま。遅くなって悪かったね。いろいろ問題があったようだけど」


 良い顔だ才原優斗イケメン、ムカつくほどにな。


「それについては後程相談させて欲しい。まずは遠征の成果を聞かせてくれ」

「石灰石はかなり掘れたと思うよ。それこそ山が消えそうなくらい」

「凄いな」

「他にもいろいろな鉱石が掘れたらしいんだけど、才賀さいがさんに掘る力はあっても鉱石の知識はなくてね」


 茶道部の才賀小夜腐女子は鉱石なんて趣味じゃないだろうね。

 宝石好きなら、多少は知識があるかもしれない。

 けど、あの子、地味だし……。


「そこは気仙けせん君に任せる」

「ボクに扱える材料なら受け取れるはずだよ。才賀さいがさんと話してみるね」


 石灰石を欲しがったのは建設担当の気仙修司パンダ

 他の鉱石にも使い道はあるはずだ。


「採掘した場所は海に近くてね、塩は必需品だと思うから足を延ばして海までいったよ。としの錬金術で海水を大量の塩にしたから」

「それはありがたい」

儀保ぎぼが釣り竿を作れたから釣りにチャレンジしたんだけど、一匹も釣れなかった」

「海釣りにルアーのない竿で挑もうとするからだ。俺は止めたぜ」


 儀保裕之悪友が文句を言う。

 たぶん才原優斗イケメンがお願いしたのだろう。

 海の魚をお土産にしてクラスメイトを喜ばせようと考えたな。

 行動がイケメンだ。


筒井つついさんが加護を打ち明けてくれた。水産だ。最近は魚を捕ってくれているぞ」

「へぇ~、それなら次回は筒井つついさんを誘ってみよう」


 それは無理だな。

 筒井卯月歌姫三門志寿漫画家とはけっして離れない。

 アイツらはガチレズだ。

 村にキレイな水が供給されるようになれば別だろうけど。


「行き帰りの道中では大量の獲物を狩ることができた。とうぶん狩りに出かけなくても肉に困らないと思うよ」

「さすがは狩猟部隊だ、頼りになる」


 ――待ってました、肉!!


「南は森の外へ向かうから魔物が弱くなる。次に遠征にいくなら攻撃系の加護はひとり減らしても大丈夫そうだよ」

「いや、それは安全を第一に考えよう」

「俺は残してきた村のほうが気になって仕方なかったんだけどね」

「その点は要検討だな。村の防衛も強化するんだろ」

「とりあえず堤防はコンクリートに強化するよ」


 気仙修司パンダは新しい材料が手に入り、ワクワクしているようだ。


「木を伐採しならが進んだから遅くなったけど、次はもっと早く行けるよ」

「海の幸が手に入るなら、定期的に遠征部隊を派遣してもいいかもしれないな」

「そうだね。報告はこのくらいかな」



 外でドンという音がしたのと同時に地面が激しく揺れた。


 この揺れは身に覚えがある。

 俺たちは議事堂から慌てて出た。


 堤防の外側に、あのドラゴンがいたのだ。

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